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ライターのここが素晴らしい!

※私が考える「ライターという仕事のよいところ」6点。20年前に書いたものだが、いまも考えは変わらない。

1.通勤ストレスがない

取材時間の都合などでたまにラッシュアワーの電車に乗ると、「サラリーマンって偉いなあ」としみじみ思う。毎朝毎晩満員電車に乗るなんて、いまの私にはとても耐えられそうにない。あれはもう「ストレスの坩堝」である。

昔、安住磨奈というライターのエッセイに、「通勤電車の中で、毎日少しずつ狂っていくサラリーマンたち」という印象的なフレーズがあった。言い得て妙である。満員電車で長年通勤することで、人の寿命は5年くらい縮まるのではないだろうか?

その通勤ストレスがない点が、フリーライターという仕事の素晴らしさその1だ。

もちろん、その気楽さの代償として、フリーライターは収入の安定やら夏冬のボーナスやらを捨てているわけだ。しかし、毎日決まった時間に起き、満員電車に乗るつらさを思えば、収入不安定など物の数ではない(少なくとも私にとっては)。

2.人間関係の軋轢がほとんどない

フリーライターには人間関係の軋轢がほとんどない。ゼロではないが、まあゼロに近い。

編集者やライター仲間などとのつきあいがないわけではないが、上司や気の合わない同僚とのつきあいと比べたら、比較にならないほど気楽だ。イヤな上司とのつきあいをやめるには、会社をやめるか配置転換を望むしかないが、ライターは、どうしても気の合わない編集者がいたらその人からの仕事を受けなければよいのだから……。

3.毎日が変化に富んでいる

ライターは「退屈のない職業」である。
もちろん、やっていることは「打ち合わせ→取材→執筆」のくり返しで変わりばえしないのだが、毎回その中身が違うから、飽きるということがない。

なにしろ、未知の分野について調べ、未知の人に会って話を聞くことが、仕事の過半を占めている。つまり、「未知のことを知りたい」という人間の本能的欲求が日々満たされていくわけだ。退屈などするはずがない。

4.お金をもらって幅広い勉強ができる

ライターの仕事は一夜漬けの勉強のくり返しだ。
1つの仕事が始まるたび、ライターは大急ぎで、その分野と取材相手に関する基礎知識と最新情報を頭に叩きこむ。これは、勉強でいえば予習にあたる。
また、取材は、いわば取材相手からレクチャーを受けるようなものだ。
そして、記事をまとめる作業はレポートを書くことに近い。読者にわかりやすく伝えるには書き手自身がよく理解していなければならないから、記事をまとめるプロセスも勉強そのものなのである。

要するに、我々ライターは、お金をいただいて日々勉強をさせてもらっているわけだ。勉強が苦痛でしかない人にはライターの仕事も苦痛でしかないが、知的な喜びを重視して生きる人にとっては、ライターの仕事はとても楽しい。

たとえば大学教授にインタビューして記事を書くのは、いわばその人から個人教授を受けるようなもの。考えてみればゼイタクなことである。大学の4年間などという限定された期間だけでなく、現役ライターである間はずっとそうした形で勉強ができるのだから、ありがたい仕事だと思う。

5.自分の仕事が形となって残る

「考えかたによってはすばらしい仕事だと思ってます! 一つ一つの作品が…日記よりも正しく自分の記録として残っていくし」
 ――永島慎二のマンガ『漫画家残酷物語』の中の一編「遭難」で、主人公のマンガ家が言うセリフ。

これは、フリーライターの仕事についても言えることだ。一つひとつの仕事は、「日記よりも正しく」(「正しく」というのは、この場合「奥深く」というニュアンスだろうか)自分というものを映し出す記録にもなっていく。

自分の仕事が形となって残っていく職業というのは、考えてみればそう多くはない。それは、クリエイターの特権なのである。フリーライターがクリエイターと言えるかどうかは微妙なところだが、ともあれ、その特権は享受できる。

6.がんばった分だけ収入が増える

自由業の素晴らしさの1つに、「がんばった分だけ収入が増える」ということがある。「オレがこんなにがんばっているのに、部長は評価してくれない」などという憤懣から自由なのだ。がんばりが即収入アップにつながるからこそ、やりがいもある。
それはもちろん、「サボった分だけ収入が減る」ということの裏返しでもあるのだが……。

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