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ライターに立ちはだかる「40歳の壁」

※20年前――つまり私自身が「40歳の壁」を目前にしていたころに書いた文章をサルベージ。


40歳がライターの“分岐点”

周囲を見渡すと、40歳前後でフリーライターを廃業してしまう人が少なくない。社員編集者になる人、まったく畑違いの職種に転職する人など、パターンはさまざまだが、40歳前後での転身という時期は奇妙なほど一致している。

なぜ40歳なのか? 「不惑」を迎えて人生を考え直すということも少しはあるかもしれないが、もっと下世話な理由がある。40歳という年齢は、フリーライターにとって大きな壁なのである。

1つには、「40歳を境に仕事が激減する」というケースが多いことがある。なぜかというと……。

村上春樹は、小説『ダンス・ダンス・ダンス』の中で、フリーライターの仕事を「文化的雪かき」と定義している。そのココロは、“誰かがやらなければいけないけれど、誰にでもできる仕事”だということ。

さすがは村上春樹、うまいことを言うものである。もちろん、雪かきにだって技術の巧拙はあるだろう。それでも、基本的には「誰にでもできる」仕事である。ライターも同じことだと、春樹は言うのだ。

私は、ライターの仕事がすべて「文化的雪かき」であるとは思わない。しかし、世にあるライター仕事の多くが「誰がやってもいい仕事」であるのはたしかだ。
そして、そうであるからには、編集者としても若いライターのほうが仕事を振りやすい。あまりスキルが必要でない仕事を、不惑を超えたベテラン・ライターに発注するのは気がひけるのだ。

たとえば、情報誌の「東京・カレーのうまい店ベスト50軒、とことん食べ比べ!」という記事企画があったとして、その仕事をベテラン・ライターに発注しようとは誰も思うまい。その仕事に必要なのは、カレー屋を駆けめぐって食べ比べるフットワークの軽さとタフな胃袋であり、文章力も取材力もほとんど必要ではないからだ。

そういう「誰がやってもいい仕事」というのがライター業界にはたくさんあって、40歳を超えると、その手の仕事をあまり振ってもらえなくなる。

それは一つには、ライターを担当する編集者の多くが40歳以下であるため。編集者心理として、自分と同年代か年下のライターのほうが仕事を振りやすい。そのほうが何かと気楽だからである。
したがって、キャリアの浅い若手にもできるような仕事は、なるべく若手に振ることになる。だから、「40歳を境にして仕事が激減する」ことになるのだ。

また、仕事が減らなかったとしても、40歳くらいで家計が危機に瀕するケースは多い。標準的年齢で結婚をしたライターなら、子どもの成長などで年を追って支出が増大する。しかし、フリーライターには年功序列に応じた昇給などないから、自力で年収を増やしていかないかぎり、おおむね40歳あたりで支出の重みに耐えきれなくなるのだ。

ましてや、仕事の激減がそこにくわわったら、「よるべないライター稼業なんかやめて、ふつうの仕事に就こう」と考えるのも無理からぬことである。

「壁」を乗り越えるには……

もちろん、何に転職しようとその人の自由だ。ただ、「生涯ライターとしてやっていきたい」と思う場合、「40歳の壁」を乗り越えるにはどうすればよいだろう?
 
1つは、「文化的雪かき」ではない仕事のできるライターになることだ。「誰がやってもいい仕事」ではなく、「この仕事は難しいから、駆け出しにはまかせられない。○○さんでなければできない」という仕事。そういう仕事を発注される「○○さん」にならないかぎり、「40歳の壁」は越えられない。

「40歳を境に仕事が激減する」ライターが多い反面、「40歳を境に仕事が増える」というライターも、わずかながらいる。そういう人は、「40歳の壁」を乗り越え、1ランク上のライターになれた人である。
すなわち、駆け出しにはできない難しい仕事をこなす力があると、周囲から認知されたということなのだ。

壁を乗り越えるもう一つの方法は、無署名原稿ばかりをこなすライターから、署名原稿専門の書き手になること。すなわち、作家・評論家・コラムニストなどに“昇格”することだ。これもやはり、「○○さんでなければできない仕事」を増やすことにかわりはない。

ただ、注意しなければいけないのは、署名原稿専門になれたからといって、収入が急に増えるわけではないということ。むしろ、署名原稿専門になると収入は減るのがふつうだ。

関川夏央さんと山口文憲さんの対談集『東京的日常』(ちくま文庫)の中で、関川さんはこんな発言をしている。

だいたい無署名原稿専門家のほうが収入は格段に多い。世間は誤解しがちなんだけどね。署名のみに「昇格」すると収入は半減するのがならいだ。ちょっと名前を知られたせいで経済的に立ち行かなくなった人を実際に何人か知っているよ。

『東京的日常』文庫版89ページ

なぜ「署名のみに『昇格』すると収入は半減する」かといえば、署名原稿で名が売れた書き手に対しては、編集者が無署名原稿を依頼しにくいから。「いやー、名のある作家センセイに、こんな無署名の木っ端仕事はお願いできません」というわけだ。

某ハードボイルド作家は広告コピーの仕事をしながら小説を書いていたが、某小説賞をとったとたんにコピー仕事の依頼が絶無になり、収入が激減したという。

ライターの世界でも、同じことが起こる。たとえば、自著をたくさんもっているライターにゴーストライターの仕事は頼みにくい。そして、それまでゴースト仕事でかなりの収入を得ていたライターにその手の仕事がこなくなれば、当然収入は激減するのである。
 
そうした難しさがあるとはいえ、署名原稿専門になって、無署名時代と同等の原稿料を稼げるようになったなら、「40歳の壁」は乗り越えられたということになる。
 
「40歳の壁」は高い。だがそれは、乗り越ればライターとしてのステップアップができるという、挑戦しがいのある壁なのだ。


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