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ライターは著書を持って一人前?

著書を持つことへの“幻想”は禁物

駆け出しライターはとかく、著書を持つことに対して過大な“幻想”を抱きがちだ。「著書を出せば、それが評判になって原稿依頼が殺到するのではないか」というたぐいの幻想を……。

ほかならぬ私の駆け出し時代がそうだった。ある先輩――その人は何十冊もの著書を持つベテラン・ライターであった――に向かって「自分の著書が本屋に並ぶところを、夢にまで見ます」と口走って、「もっとクールに構えたほうがいいよ」と苦笑されたことがある。

そう、ライターは著書に対してクールに構えたほうがいいのだ。著書を出したからといって、途端にバラ色の未来が開けるわけではないのだから……。

いまの日本の出版点数は、年間約7万点にも達する。ありていに言って、ライターの著書には7万分の1の重みしかない。
とくに、初版数千部で増刷せずに書店から消えていくようであれば、大半の人の目には触れない。したがって、著書を出したから急に原稿依頼が殺到するなどということはない。

もちろん、最初の著書が大ベストセラーにでもなれば話はべつだが、それもまた幻想の1つであって、そんなうまい話はないと思ったほうがいい。

むしろ、無名ライターが出した初めての著書など、初版で消え去る可能性のほうがはるかに高い。したがって、そこから発生する印税もわずかである。その意味でも、「著書を出せば未来はバラ色」というのは幻想なのだ。

ライターとしてのA級ライセンス

過大な幻想は禁物であるにせよ、著書を持つことに1つの目標を置くのは、ライターとして当然だ。
また、著書1冊でバラ色の未来が開けるわけではないにせよ、ライターとしての「箔」にはなる。雑誌の署名記事などのプロフィールに入れることができるし、売り込みなどに行って初めて会った編集者に名刺がわりに献呈することもできる。
 
著書が1冊でもあるとないとでは、編集者の見る目が変わってくる。著書は、「私には本1冊を丸ごと書く能力がありますよ」と証明する、ライターとしてのA級ライセンスのようなものだ。
著書を持つ最大のメリットは、原稿依頼が殺到することでもなければお金が儲かることでもなく、その「箔」にこそある。

うろ覚えで言うのだが、松任谷由実さんが「いいメロディがたくさん頭に浮かぶことと、作曲能力とはまったく別物だ」という主旨の発言をしたことがある。
同様に、いい文章が書けることと本を丸ごと書く能力は、「まったく別物」ではないにせよ、かなり異質である。雑誌のコラムや簡単な取材記事はこなせても、丸ごと1冊本を書かせてみたら使い物にならないというライターは、けっこう多いのだ。

「ライター2級」などという資格がない仕事だからこそ、著書という“A級ライセンス”を持つことは、ライターとしての仕事の幅を広げるうえで大切なのだ。

そして、著書の数は多ければ多いほど「箔」も増していく。冗談半分に、「著書を5冊持つとライターから作家に出世する」などと言われるほどだ。

もちろん、著書ならなんでもいいわけではなく、その中身こそが大切なのだけれど……。 

自費出版の功罪

じつは私は、プロのライターになる前に一度だけ自費出版をしたことがある。それは小説やノンフィクションではなく、コラムやディスク・レビューなど、雑誌に載るような文章をあれこれ書下ろした個人誌のようなものだった。

それはライターとしての売り込み用に作ったもので、じっさい、編プロに就職するにあたっては役立った。というのも、求人情報誌『フロムエー』に載った募集を見て編プロに面接に行った際、そこには何十人もの優秀そうな人たちがいて、何のキャリアもない私が採用されたのは、おそらくその本(面接の際に社長に献呈した)のおかげだからだ。

そうした経緯があるから、「自費出版など何の役にも立たない」とまでは言わない。が、もしも「著書を持つため」に自費出版を考えているライターやその卵がいたら、「やめたほうがいい」と言っておこう。

世の中には自費出版専門の会社というものがたくさんある。有名どころは名前だけでわかるし、そうでなくても、自費出版かどうかは見ればだいたいわかる。

また、誰もが知っている一流出版社が、別部門で(時には別会社で)自費出版ビジネスをやっている例も少なくない。
それらの多くには、「うちの社名で出してはいますけど、これは自費出版ですよ」ということが業界人には一目でわかるような“印”がつけられている(ムゴい話だ)。
そして、一流出版社による自費出版ビジネスは、総じて料金が高い。ブランド使用料のようなものである。

そして、どの出版社から出すにせよ、自費出版で出した著書など、ライターとしてのステータスにはならないのである。

むしろ、ときにはデメリットにすらなる。売り込みの際に「私の著書です」とうれしそうに自費出版の本を差し出すと、「なんだ、アマチュアか」と軽んずる編集者も多いからだ。

これは、当時私が別の編集者から忠告されたことだ。「こういう本を使って売り込みするのは、やめたほうがいいよ。アマチュアだと思われちゃうから」と……。
 
何より、自費出版にはけっこうなお金がかかる。そんなことにお金を費やすより、ライター仕事に役立つ機器や資料に投資したほうがよい。

なかなか著書が持てないと焦りが生まれるかもしれないが、焦る必要はない。そもそも、著書を1冊も持たないまま長いキャリアを積み、第一線でバリバリ活躍しているライターだってたくさんいるのである。

要するに、著書は出しておくに越したことはないが、それ以上でも以下でもない。著書を持つことが独立の条件というわけではないのだ。

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