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ライター必読本⑥佐々木俊尚『現代病「集中できない」を知力に変える 読む力 最新スキル大全』

ライター仕事の効率化のためには、さまざまな「知的生産の技術」本を読む必要がある。
私もその手の本をたくさん読んできた。古くは野口悠紀雄の『「超」整理法』、もっと古くは山根一眞の『スーパー書斎の仕事術』などなど……。
遡って、原点ともいうべき『知的生産の技術』(梅棹忠夫/1969年刊)あたりにまで手を伸ばし、「さすがに古色蒼然としているなァ」と思ったり(いまも一読の価値ある名著ではあるが)。

汗牛充棟、玉石混交の「知的生産の技術」本の中で、現時点におけるライター向けのオススメ本を一つだけ挙げるなら、今年(2022年)ベストセラーとなった本書になるだろう。

タイトルに言うように、「集中できない」は一種の「現代病」である。
とくに、ネット普及以前から成人していた50代超の人は、そのことを痛感していると思う。
私もそうだ。ネットがなかった昔のほうが、読書や執筆、思索などに集中できた。いまは途中ですぐにスマホやPCをつい見てしまい、集中できない。

ネット以前を知っている世代には、ネットの影響による集中力低下が如実に実感できるのだ。

この問題にいち早く警鐘を鳴らした好著が、ニコラス・G・カーの『ネット・バカ――インターネットがわたしたちの脳にしていること』(邦訳は2010年青土社刊/篠儀直子訳)であった。

この中に、たとえば次のような一節がある。

 ウェブ閲覧は、非常に集中的なマルチタスク処理を脳に要求する。このジャグリングのような作業は、作業記憶を情報であふれさせることに加え、脳科学者が「切り替えコスト」と呼ぶ負担をわれわれの認知に課す。

 オンラインで絶え間なく注意をシフトすることは、マルチタスクに際して脳をより機敏にするかもしれないが、マルチタスク能力を向上させることは、実際のところ、深く思考する能力、クリエイティヴに思考する能力をくじいてしまう。

私も物書きのハシクレとして、ネットの影響による集中力低下を深刻視していた。
ゆえに、本書の《現代病「集中できない」を知力に変える》というタイトルを見て、即座にポチって予約したのである。著者の佐々木俊尚さんに対する信頼感もあったし(これまでに著書をわりとたくさん読んでいる)。

つまり私は、“現代病「集中できない」を克服して、もう一度集中できるようになる秘策”を求めて、本書を買ったわけだ。
だが、本書にはそんな秘策など書かれていなかった。逆に、“集中できない時代にふさわしいやり方で対応すればよい”と、いわば開き直る(笑)内容だったのだ。

我々は無意識のうちに、「集中力はあったほうがよいに決まっている」という前提で考え、「集中力低下は由々しき問題」と決めつけがちだ。
著者はそうした思い込みから離れ、集中力低下を時代の必然と捉え、対応する方途を考えたのである。

それは机上の空論ではなく、著者がジャーナリストとして大量のインプット/アウトプットをこなすなかで編み出した仕事術であった。

のみならず、著者は集中力のなさを「散漫力」という価値として捉え直す。

《あえて「散漫さ」を逆活用することで、じつは生産性を高めることができる》し、《「散漫力」を活かすことで、「無意識の領域のコビトさんたち」も素晴らしく働いてくれるようになる》(335ページ)メリットもあるというのだ。

「無意識の領域のコビトさんたち」とは、我々にアイデアやひらめきをもたらす無意識下の精神作用の謂(いい)である。
そうした精神作用は、注意力が散漫になっているときのほうがむしろ生まれやすい、と著者は言う。

たしかに、古来ひらめきが生まれやすいとされる「三上」(馬上・枕上・厠上)は、いずれも精神集中から離れた状態と言える。
つまり、ひらめきが生まれるためには集中力はむしろ邪魔で、「散漫力」こそが必要なのだ。

そのように、「集中できない」という「現代病」を逆手に取り、集中力を必要としない新たな知的生産術「マルチタスクワーキング」を提示し、さらに「散漫力」としての新たな価値を見いだした点が、本書の独創だ。

その「マルチタスクワーキング」のポイントを解説した最終章(第8章)こそ本書の白眉であり、独立した価値を持つ。

では、それ以前の1~7章には何が書かれているのか?

著者自身が《日々実践している「読むべき記事やニュースの集め方と読み方」「本の選び方・読み方」といったインプット術から、「情報整理術」「アイデアの発想法」「執筆やタスク処理」などのアウトプット術まで》が、つぶさに公開されている。
要は、わりとフツーの“私の知的生産の技術”本である。

第一線でバリバリ仕事をしている書き手が知的生産の技術を開陳する本には、いつの時代にも一定の需要がある。本書も、その列に連なる一冊なのである。

著者は、過去の著作でもその一端を明かしてきた。
たとえば、2009年刊の『仕事するのにオフィスはいらない』(光文社新書)では、一章を割いて仕事中の「アテンションコントロール」のコツが紹介されていて、とても参考になった。

ただし、意外なことに、著者の知的生産の技術について《全部まとめて1冊でノウハウを公開するのは、本書が初めて》だそうだ。

すでに述べたとおり、本書の最大の価値は第8章にあり、そこまでの1~7章にはあまり独創性がない。「知的生産の技術」本をよく読む人なら、「どこかで読んだような話」も多いだろう。

それでも、さすがにITスキルなどにくわしい人だけに、私にも参考になる点、取り入れたいノウハウがたくさんあった。
「知的生産の技術」本としても一級品だ。


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