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どっと落ち込む「リテイク」と「ボツ」

「なんでボクばっかりイジメるんだよぉ!」

《疲れきった彼女の顔はこう語っていた! 「今度リテイクがもし出されたら・・・その時は終わりね・・・・・・あたしたち・・・」》
――島本和彦の傑作マンガ『燃えよペン』の、印象深いセリフである。

「リテイク」とは書き直しのこと。
原稿を書き上げたあと、その出来が悪かったり、編集サイドの企画意図と合わなかったりすると、編集者からこれが言い渡される。すると、ライターは書き直しをしなければならない。1回で済めばよいが、場合によっては2回、3回とリテイクが出される。

3回、4回とリテイクが重なると、これはもう、互いにとって悲劇である。編集者側は「こんなヤツに原稿頼むんじゃなかった!」と後悔し、ライターはライターで「なんでボクばっかりイジメるんだよぉ!」と泣きべそをかきたいような気分になるのだ。

何回リテイクをくり返そうと、そのことでライターに支払われる原稿料が上乗せされるということは、基本的にない。「注文どおりの原稿を書いてこなかったそっちが悪いんだから、手直し工賃はそっち持ちね」というわけなのだ。

つまり、リテイクの回数が増えれば増えるほど、ライターが受け取る原稿料の“時給換算分”は目減りしていく。
たとえば、丸1日で仕上がる目算だった原稿が3回のリテイクを食らって完成までに丸4日かかったなら、原稿料は実質4分の1になってしまうのだ。これはつらい。

もちろん、編集者だって、ほんとうはリテイクなんか出したくはないのだ。第1稿が非の打ち所のない原稿であってくれたほうが、彼らも仕事がラクなのだから。しかし、実際にはなかなかそうはいかない。その原因は次の3つに大別できる。

1.打ち合わせ不足(編集サイドがどんな原稿を求めているかが、ライターに十分伝わっていない)
2.ライターの能力不足(編集サイドが求めるだけの原稿を書く力がないなど)
3.編集者の能力不足(原稿のよし悪しを正確に判断する力がないなど)
 
私が思うに、リテイクが出される原因でいちばん多いのは「打ち合わせ不足」である。打ち合わせで編集者の話をいいかげんに聞いていると、あとでリテイクを出されて苦労するのはライターの側だ。

しかし、3回も4回もリテイクが出されるようなケースは、1~3の原因がすべて揃っている場合が多い気がする。まさしく悲劇である。
 
私の経験でいえば、過去の“最高リテイク記録”は5回だ。
私の温和な性格からして、何度リテイクを言い渡されても逆ギレしたりはしないが、正直言って、5回もリテイクを出されたら、「この編集者からの仕事はもう絶対に請けまい」と思う。もしもライターと編集者が恋愛関係にあったとしたら、それこそ「今度リテイクが出されたら・・・終わりね、あたしたち」という気分になる。

よいリテイク、悪いリテイク

では、まったくリテイクを出さない編集者が「よい編集者」かといえば、そんなことはない。むしろ、編集者の力量は、出すべきときに的確なリテイク指示を出せるかどうかでこそわかるのだ。

たとえば、ライターの側が「今回の原稿は出来が悪かったな。こりゃリテイクになっても仕方ないなァ」と覚悟していた場合、編集者がその出来の悪さに気づかず、「いつもながら素晴らしい原稿で」などと言って受け取ったなら、どうだろう? ライターはリテイクがなくてホッとするが、同時にその編集者をナメてかかるはずだ。
「ふーん。あなたの眼力と要求水準はそんなもんか。じゃあ、次回からこの程度の原稿を仕上げればいいんだな」
 と……。 「ナメてかかる」は言い過ぎかもしれないが、少なくとも、その編集者から次回原稿を依頼された場合、「100%の力を出そう」とは思いにくい。
だから、編集者にとって、出すべきときにリテイクを出すことはたいへん重要なのだ。

ライターをやっていれば、原稿にリテイクが出されることなど日常茶飯事である。4回、5回のリテイクはさすがにめったにないが、1回くらいのリテイクならよくある。だから、リテイクそれ自体をもって、ライターが編集者に悪印象を抱くということはない。
 
リテイクにも「よいリテイク」と「悪いリテイク」があるのだ。
「よいリテイク」とは、ライターが「ああ、このリテイクはもっともだ」と納得し、書き直すことによって原稿がよりよいものになるリテイクだ。
たとえば、原稿の中にある、ライター自身は気づいていない欠点を編集者がグサッと指摘したなら、それは基本的に「よいリテイク」である(指摘の仕方にもよるが……)。

逆に「悪いリテイク」とは、ライターがそのリテイクに納得できず、書き直せば書き直すほど文章がグシャグシャになっていき(と、ライターには思えてならない)、「こんなの、俺の文章じゃない!」と思うリテイクである。

ライターは、「よいリテイク」なら、それを甘んじて受けるものだ。そして、的確なリテイクを出して原稿の出来をよくしてくれた編集者に、むしろ敬意を抱くものなのである。

リテイクの果ての「ボツ」

そして、リテイクの“最上級”として、「ボツ」がある。原稿が掲載不可のまま行き場を失うことだ。
編集者の側から原稿を依頼した場合、リテイクなしにいきなり第1稿でボツになることはまずない。何度かのリテイクを経て、「こいつに何度書き直させてもムダだ!」と匙を投げられた場合、そこで初めてボツになるのだ。

その場合、あなたの原稿が載る予定だったページには、何が載るだろう?

1.あなたのどうしようもない原稿を、編集者が半ベソかきながら直した原稿
2.あなたが依頼されたのと同テーマで、ほかの練達のライターが一晩でササッと書き上げた穴埋め原稿
3.ほかのライターが書いて編集部にペンディングしてあった、まったく別テーマの原稿

3つのうちのどれかが載るから、心配することはない(心配すべきはライターとしての自分の行く末である)。
で、ボツになった場合の原稿料はといえば、「半分だけ払う」というところもあるし、「まったく払わない」というところもある。逆に、「ボツになった場合も、規定の原稿料を全額払います」という太っ腹なところは、あまりないようだ。

ただし、原稿の不出来が理由ではなく、編集部サイドのさまざまな都合(広告主からのクレームなど)によって原稿がボツになることもある。そうした場合は、原稿料は当然支払われる。

ともあれ、「リテイク」と「ボツ」は、ないに越したことはない。ライターにとっても、編集者にとっても……。

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