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マリナーズが30球団トップのPull%(引っ張り)を記録した背景とその思わぬ副作用について考察


マリナーズの選手育成に関する独自路線とSwing%に関する理論


マリナーズの野球部門の責任者であるジェリー・ディポトは数々のトレードでチームを強化してきました。時にトレード狂とも評されるディポトですが、ここ数年は選手育成の場面でも独自色を打ち出しています。

以前スイーパーチェンジについて考察をした記事でもマリナーズの特異性はお伝えしました。下記のツイートにも記載されているように、マリナーズはマイナーリーグでシンカーとスライダーの使用率が最も高いチームです。一方で4シームは最も使用率が低いチームとなっています。

独自色があるのは投手育成だけでなく、野手育成にも当てはまります。上のツイートでも見られるように、スイング率(swing rate)が低くwOBAが高くなっています

スイング率は指標としての知名度はそれほど高くありませんが、この指標はThe AthleticのEno Sarrisが昨年公開した記事で取り上げたことで注目度を増しています。またMLBのTom Tangoもこのテーマについて言及しています。

結論を要約すると「スイングしない方がスイングするよりもRun Valueにプラスの効果がある」という事になります。スイングをした場合はヒットになる場合もありますが、アウトになる場合もあります。一部の長打が多い選手を除いて、ヒットになる確率(高い選手でも30%~35%)を考えるとスイングしても得点の増加にプラスの効果を生む選手はほとんどいないという事です。

この考え方に基づけば、スイング率は低い方が望ましいと言えます。それを忠実に実行しているのがマリナーズ傘下のチームという事になります。

マリナーズはMLBレベルでも独自路線を歩んでおり、今回はそれを取り上げます。ここまでの導入の話と関係ない話が続きますが、Swing Rateの話は後半にまた出てきます。

2022年から2023年に成績を伸ばしたマリナーズ打線

今季のマリナーズは既に昨年よりも多くの得点を奪っています。159試合を消化した時点で748得点(平均4.70点)は690得点(平均4.26得点)よりも平均0.4点以上増えています。

今季は打高になっており、リーグ全体でも平均得点が4.28点から4.62点に増えています。このリーグ全体の水準と比較しても、マリナーズはリーグ平均を下回っていた昨年からリーグ平均を超えるレベルに得点を増やしています。

その理由を探ってみると2つの指標にたどり着きました。球種別のwOBAとPull%(打球の引っ張り率)です。まずは球種別のwOBAについて説明します。

マリナーズがOffspeed(チェンジアップ等)の成績を改善した方法

マリナーズ打線の球種別のwOBAが以下の通りです。()はMLBでの順位です。
Fastball:.345(11)→.357(8)
Breaking:.277(13)→.270(23)
Offspeed:.249(29)→.296(12)

Fastball(4シーム・シンカー・カッター)とOffspeed(チェンジアップ・スプリッター)は改善している一方で、Breaking(カーブ・スライダー・スイーパー)のみ悪化しています。Breakingの成績が落ちた理由に対する仮説も後程説明しますが、まずはMLB最低レベルだったOffspeedの改善に目を向けたいと思います。

マリナーズはOffspeedの改善に主に3つの手段で取り組んだのではないかと思います。ここからはその3つの手段を順番に説明します。

①Teoscar Hernandezの獲得

マリナーズは昨年のオフにブルージェイズからテオスカー・ヘルナンデスを獲得しました。ヘルナンデスは2022年にOffspeedに対するwOBAが前年の.284から.374へと大幅に改善しました。マリナーズのチーム平均が.249である事を考慮すれば、これがいかに優れた水準であるかが分かります。

移籍後のヘルナンデスはOffspeedに対する成績をさらに改善して、今季は.426を記録しています。これは200球以上Offspeedを投げられた打者の中で198人中6位とMLBでもトップクラスの成績です。

②打球速度の改善

これはOffspeed以外の球種にも通じる点ですが、打球速度の改善も成績アップに貢献しています。マリナーズのユニークな点は打球速度を改善したといいう事実よりもそのプロセスです。

それはチームと雇用関係にない外部の施設やコーチを利用している点です。今季飛躍の兆しを見せたジャレッド・ケレニックはJD・マルティネス(LAD)の師匠でもあるCraig Wallenbrockの指導を昨年のオフに受けています。

またJP・クロフォードは昨年のオフにドライブラインに通いました。ドライブラインは投手が通う施設との印象もあるかと思います。しかしラーズ・ヌートバーや昨年はムッキー・ベッツら複数のドジャース選手が通うなど、野手向けの実績も多くあります。

ドライブラインの創業者であるカイル・ボディは度々Twitterでドライブラインが打者の成長で重視している考え方を解説しています。ドライブラインが重視している点は3つあります。
・Bat Speed
・Smash Factor (Bat to Ball)
・Swing Decesions

Smash Factorはいわゆるコンタクト能力です。クロフォードについてはSwing Decesionsは既に高い水準だったため、前者の2点のトレーニングを行ったようです。その効果は明らかでクロフォードの打球速度は85.1マイルから88.6マイルへと向上しました。向上後もMLB全体で上位65%であり、決して高水準ではありません。しかし昨年がMLB全体で下位3%と最悪レベルだった事を考慮すれば大きな前進と言えます。

このように外部の力も借りながらチームの選手たちの打球速度を確実に上げてきたのです。ちなみにボディはマリナーズの関係者とは良好な関係を築いていることを明言しています。今後もドライブラインに通い成功した選手の事例に新たなマリナーズの選手が加わる可能性は高そうです。

③マリナーズの選手達は打球を引っ張っている

今回の記事を書くきっかけになったのがこの打球の引っ張りです。前章で今季のマリナーズの打撃の改善を探る指標の1つとしてPull%(打球の引っ張り率)を掲げました。今季のマリナーズのPull%がどれだけ高いかは2位以下のチームと比較すると明らかです。こちらから比較すると、
1位:マリナーズ/43.3%
2位:レッズ/40.9%
3位:ブレーブス/40.9%
4位:ドジャース/40.0%
5位:アスレティックス/40.0%
となりマリナーズは断トツで打球を引っ張っている事が分かります。

ちなみに昨年は38.8%で30球団中13位でしたから、この傾向は継続的なものではなく今季の新たな特徴といってよいと思います。そもそもなぜ打球を引っ張れば、打撃成績が改善するのでしょうか。

その理由はPull%が52.9%のIsaac Paredesについて分析したBen Clemensの記事が参考になります。記事の中で打球速度と打球の方向別のwOBAが記載されています。そこで95-100マイルの打球速度の打球でPull方向のものはwOBAが.812と素晴らしい成績になる一方で、Straightは.079、Oppositeは.289となっており明確な差が出ます。他の球速帯ではこのような顕著な差は出ていません。

この事から
・打球速度が遅い打球→方向に関わらずwOBAは低い
・95-100マイルの高速打球→Pull方向だとwOBAが高い
・100マイル以上の超高速打球→方向に関わらずwOBAが高い

と整理できます。100マイル以上の超高速打球を常に打てることがベストですが、現実的にそれは簡単ではありません。したがってPull方向の打球が重要となってくるのです。

アストロズ傘下でコーチを務めるAndrew Cresciもこの投稿を引用し、バットスピードが平均以下の打者はPull方向のコンタクトを増やす事で価値を最大化できると投稿しています。

打球速度や角度の情報が容易に手が入る現代ではその部分に優れている選手は人気が集中します。それらの選手に比べればPull%の高い選手は少ない対価で獲得しやすいと言えるでしょう。そこを利用しているのがマリナーズです。

今季からロスターに加わった選手のPull%は以下の通りです(リーグ平均は38.6%です)。
ホゼ・カバジェロ/45.0%
コルテン・ウォン/45.7%
AJ・ポロック/43.7%
ドミニク・カンゾーン/48.6%
ジョシュ・ロハス/42.5%

ウォンやポロックのように期待された活躍を出来なかった選手もいますが、全選手が平均を大きく超えたPull%を記録しています。さらに新加入の選手以外もPull%を高めた選手がいます。レギュラー格の選手でそれが顕著なのが、前述のクロフォードとタイ・フランスです。

フランスは元々は全方向に打球を飛ばす事に定評があった選手で、彼の引っ張りが増えているのは昨年の負傷の影響が関係しています(関連記事)。一方のクロフォードは意図的に右方向に打っているようです(関連記事)。しかし彼は引っ張っているのではなく、視線を右(引っ張り方向)に向けているとコメントしています。このニュアンスの違いはともかく、クロフォードはPull%を33.7%から43.0%へ大きく伸ばしています。またケレニックも27.7%から37.0%へと伸ばしています。マリナーズの選手のPull%はこちらから確認できます。

このようにマリナーズはPull%の高い選手を多く獲得し、既存選手にもPullの意識が浸透しています。特に後半戦はPull%が上がっており、それに伴いwOBAも改善しました。
前半戦:41.4%/.433
後半戦:45.7%/.503

長くなりましたが、①Teoscar Hernandezの獲得、②打球速度の改善、③マリナーズの選手達は打球を引っ張っているの3つの手段でマリナーズは打撃の改善に成功したのです。

なぜマリナーズはBreakingの成績を落としたのか?

ここまでの章でマリナーズが打撃を改善している事及びそのアプローチ方法を考えてきました。めでたしめでたしと終わりたいのですが、2章の初めの球種別の成績を思い出すとBreakingは昨年から劣化しているのです。

Breaking:.277(13)→.270(23)
この章ではBreakingの成績が悪化した理由について私の仮説を提示したいと思います。

この仮説に関係するのがマリナーズ打線の引っ張り重視のアプローチです。一般的に打者はインコースに来るボールの方がアウトコースに来るボールより引っ張りやすいと思います。それは数字でも表れており、インコースアウトコースよりも約2倍Pull%が高くなります。

前章で私はPullの方向の打球を打つ事で超高速打球でない場合でもwOBAが高くなるメリットを紹介しました。実際マリナーズはそのメリットを享受しています。しかし引っ張りを意識するあまり、ボールをバットに当てる前の打つべきボールの見極めが疎かになっているのではないかと思います。

今回の記事の第1章でSwing Decesionsについて紹介しました。そこで重要とされたのがスイングしても得点の増加にプラスの効果を生む選手はほとんどいないという話でした。

つまりマリナーズ打線がBreakingに苦しんでいる背景には「引っ張りを意識するあまり、本来振るべきでないアウトコースに逃げていくBreakingボールを振っている(Swing Decesionを間違えているから)」という理由があるのではないかと考えます。

これはドライブラインが重視している3つのポイントに当てはめると
・Bat Speed→〇
・Smash Factor (Bat to Ball)→〇
・Swing Decesions→△~×

といった形に整理できるかと思います。

ここからはこの仮説を検証していきます。
Swing Decesionsの精度を調べるために、今回はBaseball SavantのChaseゾーンとWasteゾーンの打球を振った確率の変化を見ていきます。ChaseとWasteはストライクゾーンから外れたボールであり、いわゆる悪球と呼ばれるようなボールです。

このゾーンの球種別のSwing%を調べた結果以下の通りとなりました(データはここから)。

Offspeedのみが数値上改善している(リーグ順位は変化なし)の一方で、FastballとBreakingが悪化しています。特にBreakingは3.1%悪化しており、これはDバックスに次いで30球団中ワースト2位となっています。つまり今季はBreakingの悪球に対するSwing Decesionsの精度が落ちたと言えるでしょう。

こちらは悪球ゾーンでないHeart&ShadowとChase&Wasteに分けたwOBAを表しています。昨年と今年を比較してwOBA自体はいずれのゾーンも大きく変化しておらず、Swing DecesionでChase&Wasteを選んだ比率が高まったことで総合的なwOBAが低くなったと言えます。

つまりアウトコースに逃げていくBreakingの本来手を出すべきでないボールに手を出す機会が増えた結果、マリナーズはBreakingの成績を落としたと考えます。マイナーではスイング率が低い選手を育成しているマリナーズが打球速度や引っ張りを意識した結果、スイング率を悪化させているのは打撃の難しさを感じます。

まとめ

今回はマリナーズ打線について取り上げました。まとめると以下のようになります。
・マリナーズは昨年よりも得点を増やしている
・マリナーズ傘下のチームはスイング率が低い
・スイングしても得点の増加にプラスの効果を生む選手はほとんどいない
・マリナーズはOffspeedの成績が改善したが、Breakingは悪化している
・Offspeedの改善の理由は①Hernandezの獲得②打球速度のアップ③Pull%のアップ
・Pull方向のコンタクトを増やす事で打撃成績が改善する
・マリナーズはPull%が高い選手を獲得している
・Breakingの悪化の理由は悪球に対するスイング率が高くなっており、Swing Decesionsが悪化しているから

Photo BY:Mando Gomez

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