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【記録】ベートーベンの第九を歌ったときのこと

ずっとnoteに書きたいと思っていたことなんですが、昨年末にベートーベンの交響曲第9番「歓喜の歌」の市民合唱に初めて参加しました。
山間部のそんなに大きくない自治体のホールでやったのですが、お客さん1,000人弱ほど入ったそうで(普段イベントも少ないからでしょうか)、結構な賑わいでした。
社会人合唱団に所属している友人が誘ってくれたのですが、結果的に友人には大感謝しています。大変だったけど、とっても楽しかった。
本番の約2か月前に楽譜が届き、友人に猛特訓に付き合ってもらい、ゲネプロ、本番に至るまでの出来事を、個人的な記録として書いていきたいと思います。


楽譜が届いた翌日に全体練習、大恥をかく

私が参加したのは、○○町の「第九を歌う会」主催のコンサートで、県内各地から有志の参加者を募っていて、それに参加した形です。ほとんどの参加者は何らかの社会人合唱団に所属していて、無所属はもしかしたら私だけだったかもしれません。もちろん知り合いなど一人もおらず、不安でいっぱいでした。
一緒に第九歌おうと誘ってくれたのが2か月前、Amazonで楽譜を注文し届いたのが、有志の参加者が集まる全体練習の前日でした。
もともと中学・高校と(一応)合唱部で、ほんの少しピアノを習っていたこともあったので、楽譜を全く読めないということはなかったのですが……
第九を歌ったことがある方なら分かると思うのですが歌詞が全部ドイツ語なのです。
譜読みして、友人の協力でなんとなく音取りをしたあと、ドイツ語の読み方を習う……これを練習当日の2時間ほどで行い、会場に向かいました。
初めてのコンサートホール、初めて会う人、初めての社会人合唱、初めての全体練習……初めてだらけで気が狂いそうでした。
頼みの綱の友人はソプラノで、私はアルト。いやパート違うんかい。
発声練習が始まると、席が空いていなくて、私たちは一番前に座らされました。目の前には発声指導の気の強そうな先生がいて、ものすごい威圧感。
いろいろな方法で発声練習するのですが、これが私にとって高校生以来初めての発声であり、初めて合唱声で歌った瞬間だったんです。
このときの自分の声の出ないこと出ないこと……。特に声量は全盛期の半分以下だったかもしれません。声帯というのはあっけなく衰えるのですね。

第九の練習が始まると、私は楽譜にカタカナで書いたドイツ語の読み方からどう頑張っても視線を上げられませんでした。本当は指揮者の腕の動きや表情を見て強弱をつけたり声質を変えたりしなければならないのですが、なんせ歌詞を覚えていないのですから、そんなの見ている場合じゃないのです。
もっというと、音取りも2時間で頭に入る筈がなく、音符を追いながら歌わなければならない。音符とカタカナを同時に追いながら最前列で歌う……指揮者からは「こいつ楽譜にかじりつきやがって」と思われているだろうか、最前列だし……ものすごいストレスで、永遠とも思える時間でした。
この時、脳の中心のあたりがカーッと熱くなって、変な汗がドバドバ出て、妙に顔がニヤついて、一体自分の身体に何が起こっているんだろうと不安になったものです。
ちなみに友人はもう何度も第九を歌っており、普段から合唱団でバリバリ歌っている人なので、めちゃめちゃうまい。声がガンガンこちらに届いて、私は何とか釣られないようアルトの音符を追うのですが、どんどん自信が無くなって声も小さくなって……。
全体練習が終わったあと近くのカフェで一服したのですが、なんというか、疲れたというより消耗した感じでした。
それが第一回目の全体練習だったのです。


会社で稽古をつけてもらう

さすがに危機感を抱いたので、毎日通勤の車の中で第九を流してカラオケして音取りする事にしました。また、友人とは同じ会社に勤めているので、週に1回、終業後に社内の会議室で特訓をつけてもらうことに。
この友人が、教える方もめちゃめちゃ上手だったのです。
第九はよく年末に歌われているし、素人合唱団も日本中にあって、ご高齢の方も元気に歌っているから、なんとなく簡単な曲なのかなと思っていたのですが、実際は転調・転拍子の連続で、各パート(4声あります)が全部バラバラの動きをするフーガもあり、思ったより難しかったんです。しかも高校以来楽器にも触っていないし楽譜も読んでいなかったので、友人からしたらマジの素人を一から教える感覚だったと思います。今から思えば本当に根気強く教えてくれました……。

音取りよりもまずはドイツ語!ということで、前半はドイツ語の発音をみっちり教わりました。奇しくも、大学の第二外国語でロシア語をやっていたため、巻き舌には自信ありました。生まれて初めてロシア語が役に立ったかもしれない。ドイツ語も第三外国語として一瞬選択したことがありましたが、完全に忘れていました。よっぽどの天才じゃない限り第三外国語なんて絶対やるもんじゃないですよ、無意味です。


ドイツ語の壁にぶち当たる

何が難しいって、よく言われる巻き舌とかじゃないんです。ドイツ語ってめっちゃ子音多くて、音符一つのなかに5つも子音が入ってたりするんです。最大瞬間風速の早口言葉って感じです。音程を外しちゃいけないんだけど、もはやそんな事気にしていられない。
ズルして子音を飛ばすと、合唱指導の先生が耳ざとく見つけて注意してきます。
あと、カタカナドイツ語になっているっていう指摘もよく受けていました。精一杯口を窄めたり喉の奥を開けたり、言われた通りにやってもなかなか改善されなくて、改めて外国語習得の難しさを痛感しました。
あと、ドイツ語をよりドイツ語っぽく聴かせるために、少し前まで勉強していた中国語の反舌音を真似てみたのですが、全然ダメでした。「雰囲気似てるし」と思って別言語の発音を持ち出しても全く無意味です。


練習終わりのカフェを楽しみに

本番の会場は、住んでる町から車で1時間ほどのところにあり、地元ではちょっと有名なお洒落カフェがあるのです。全体練習の帰りに必ず立ち寄って遅めのランチやデザートを楽しみ、コーヒー豆を買って帰る……というのがルーチンでした。カレーもケーキも全部美味しくて、脳みその重労働を終えた後の至高の楽しみでした。このカフェが無かったら一回くらい練習サボってたかもしれない。ちょっと辛かったり億劫なタスクも、それを上回る楽しみを見つければいいんですね。翌朝も美味しいコーヒーが飲めて最高でした。


舞台用の衣装を用意する

白のブラウスはいいんですけど、黒のロングスカート(しかもAライン)とか普通は持ってないですよね。社会人合唱団の女性が履いているアレです。
Amazonで普通に安く売ってました。本当にいい時代になったものです。普段使いもできるようにと思って丈短めにしてみたのですが、ああいう場では丈長めじゃないと悪目立ちしますね。服装にもTPOがあるのを痛感しました。


本番前日、初のオケ合わせ

本番前日は丸一日練習で、合唱練習だけでなく舞台の登り方や履け方、並び順なども確認します。
私、この日のこと一生忘れないかもしれません。初めてオーケストラと一緒にステージの上で歌ったのです。
歌う内に気持ちが昂って、足がガクガク震えて、目頭が熱くなって、許容量を超えてドーパミンが分泌されている感じがして、とにかくものすごい体験でした。
歌い終わった後、隣の人に「楽しいねえ」って声かけられましたもん、よっぽどハイになってたんでしょう。恥ずかしい。
並び順が決まると両隣の人ともお話しするようになって、再来年も第九やるから是非一緒に歌おうね、なんて嬉しい言葉もいただけました。
練習でやれるだけのことはやった。気になることろはあったけど明日も本番前にガッツリ練習するし、両隣の人はやっぱりベテラン合唱団員でめっちゃ上手だし、これならいける。ここまでよく頑張ったと自分を褒めたい気持ちになりました。


ゲネプロ、意外と時間がない

ゲネプロって本番前のガッツリ練習って意味だと勝手に勘違いしていましたが、基本的に動線の確認などが主で、通しの練習はありませんでした。ソリストの方達も到着し、オーケストラもいる中では、指揮者は合唱ばかり指導していられないのです。というか、そもそも第九はオーケストラが主人公です、交響曲なんだから。すっかり忘れていましたが、私たちはオーケストラの楽器の一つなのです。
もちろん第九以外にもいろいろ歌われます。私は第九にしか出ませんが、違う合唱曲もやるし、ソリストはそれぞれデュエット曲やソロ曲を歌う。
とにかく本番に練習なんか出来るわけがないのです。ここにきてようやく、「音取りが甘いかな」とか「ここの子音が言えないな」とかいう部分を修正できないまま本番に突入するしかないことを悟り、暗い気持ちになりました。


本番には魔物が住んでいた

第一部が終わり、第二部が終わり……第九の出番が近づくにつれていても立っても居られなくなり、気付くとものすごい速度でSNSを更新し続けていました。待合室には第九しか歌わない数人が待機させられ、プロジェクターに舞台の様子が映されているのですが、途中でプロジェクターが故障したりして……。

そして本番。控え室で整列し、いざ出発という時に、私の後ろの方(つまり本番で隣に並ぶ方)がトイレに行ってしまったのです。どうしようもなく、とにかく前の人について舞台裏まで来たのですが、その人が帰ってくる前に登壇が始まってしまいました。直後にその人が走ってきて、ほんっっとうにギリギリセーフでした。冷や汗かきました。今から思い返すと、これはこの先に起こる出来事の前哨戦だったのかもしれません。

この公演での第九は第三楽章からスタートなので、合唱の出番が来るまで私たちは椅子の上で座って待ちます。オーケストラが前にいるとはいえ、客席から私たちは丸見えです。なので微動だにできない。全く動かず20分間座っているのも結構きついのです。この辺りから雲行きがおかしくなってきます。
私の斜め前に友人が座っていたのですが、眠たいのか頭が揺れ始めます。
私は椅子が冷たくて、お腹が痛くなってきました。
隣の方(トイレ行ってた方)は、喉がイガイガするのか小さな咳をし始めます。
第四楽章に入り、合唱がはじまる1小節前に一斉に立ち上がるため、足に力を込めます。
指揮者がアーフタクトで立ち上がる合図!……しかし私はワンテンポ遅れてしまい、向こうのほうでは2テンポも3テンポも遅れて、バラバラになってしまいました。指揮者は苦笑。
初めはバリトンのソロから入るのですが、ソリストの緊張感がめちゃめちゃ伝わってきて、楽譜を持つ手が震え始めます。
ソロが終わり、男声が入り、再びソロ……そしていよいよ全員の合唱!
緊張と興奮とで、私はこの第一声でめちゃめちゃ唾を飛ばしてしまい、それが隣の人の楽譜に飛ぶのが見えました。サッと血の気が引きます。
それでもとにかく2ヶ月の集大成を見せなければと思って、全身全霊を込めて歌いました。
中盤に差し掛かると、隣の人の咳がいよいよ激しく、喘息めいてきました。そしてついに歌えなくなり、その人は最後までずっと咳をするか堪えるかで第九の本番を終えてしまったのです。
腹痛はピークでしたが、同時にアドレナリンも出ていて、私何度か最後まで力を出し切ることができました。
終わって控え室に帰ってみると、みんなグッタリしていて思わず笑ってしまったのを覚えています。
本番には悪魔が住んでいるんですね。


耳にこびりつくメロディ、自然に口をつくドイツ語の歌詞

あれから3ヶ月近く経って、久しぶりウォークマンで第九を流してみると、驚いたことにまだ全然歌えました。なんならそれが引き金になって、その日一日中頭の中で第九が流れ続けて大変でした。
でもやっぱりすごくいい曲ですよね。練習中は定番のカラヤン指揮ベルリンフィル版ばっかり聞いていたのですが、特にソプラノソロが素晴らしくて、ハイCを超える高音をpで出せるのはもはや超絶技巧、全体のバランスが一定のままフィナーレする計算し尽くされた傑作です。これを朝晩車の中で聞きながら通勤するのは至福の時でした。
今年の年末もまた、どこかの第九に飛び入り参加したいと思います。


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