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煙波の鉄瓶

コロナと対米関係をきっかけに中国は新しい時代に入ろうとしている。そして、日本でも世界の情勢の劇的な変化が影響を与え始めている。日本の変化は心の内側の変化と言っていいだろう。政治も経済も相変わらずで少しずつ落ち込んでさえいるように感じてならないのだが、それも心の問題と微妙につながっている。なにがそうさせているのか、それは人びとの「ゆたかさ」の意味の変化なのだ。

1980年から10年間をバブル景気という。日本のすべてが活動的で経済活動は特に顕著な発展を見せた。人びとは貧しさを抱えていたから経済の発展を歓んだ。所得は年々倍増して道路や鉄道という都市の施設も、街の建築も建設が盛んで、劇的に都市環境が変わっていったのを記憶している。街には物が溢れ、デザインの質も向上して街が美しい物を展示する美術館のようになっていた。

2011年、東関東での大地震と津波の襲来、そして、原子力発電所の破壊という大災害が起こる。そしてその復興も終わっていない今、COVID 19が世界を大混乱に落とし込むことになった。沢山の企業が破綻する、多くの人々は新しい生活の規範を求めて右往左往している。なかなか打ち勝てないコロナと人類の戦いは今でもその収束の目安がたっていない。

あの時代、社会は豊かだった、いやそう見えたのだが大多数の人びとは貧困のままだった。格差が広がっていくだけだった。それでも人びとは華やかな時代の変化を歓び、沢山の物が生産され人びとは物を求めていた。もっともっと物が欲しいと物質的な豊かさを求めていた。
今、人びとの多くは貧困を抱えたままコロナウィルスと戦っている。そして、貧困なのだがもはや物を求めてはいない。肉体の飢えていたあの時代に比べると、今の人びとはこころの豊かさを求めている。経済の豊かさではなく文化と芸術を求めている。

大地震と津波とコロナ・パンデミックを経験して、人びとは「人とのつながり」を求めている。世界よりも自分の周りの「ここといま」を探している。貧困でも肉体は十分とは言えなくとも満たされている。欠けているのは心なのだ。経済としての「物」ではなく、文化と芸術としての「物」を求めているのだ。

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煙波を知ったのは十年ほど前のことだった。上海の大きな倉庫のようなショップに世界のマニアックな商品を並べていた。イギリスのパイプ、スイスの腕時計の数々、世界の優れたワインのコレクション、日本の鉄瓶などの伝統工芸品、シルクやウールのカーペットなど、世界の文化と芸術を全身に背負った多くの商品をこの煙波は扱っていた。ちょっとニヒルな雰囲気を湛えたオーナー、唐奇泉は若者だった。

しばらく上海を訪れるチャンスがなく、店にも顔を出さないままだったのだが、その二年ほどの間に彼の事業はなにかの事件に巻き込まれて苦渋を味わっていた。詳細は問うてはいないから知らないのだが、ニヒルさは消えてどこかむしろ明るい青年になっていた。しかもこれから結婚をするのだと美しい女性を紹介される。まるで時代が変わったかのように彼は自らを変えて再出発しようとしていた。

どんなことがあったのかは知らないのだが、何かの苦悩を乗り越えて新しい時代を創ろうとしている。コロナが僕たちに苦渋を与えているように彼はそれを乗り越えている。僕たちもそんな事態に直面しているのだろう。再出発を促しているのだろう。
そんな彼が僕に「鉄瓶」をデザインしてくれといってきた。これがその鉄瓶である。

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《黒川 雅之》
愛知県名古屋市生まれの建築家・プロダクトデザイナー。
早稲田大学理工科大学院修士課程卒業、博士課程修了。
卒業後、黒川雅之建築設計事務所を設立。
建築設計から工業化建築、プロダクトデザイン、インテリアデザインと広い領域を総合的に考える立場を一貫してとり続け、現在は日本と中国を拠点に活動する。
日本のデザイン企業のリーダーが集う交流と研究の場 物学研究会 主宰。

〈主な受賞歴〉1976年インテリアデザイン協会賞。1979年GOMシリーズがニューヨーク近代美術館永久コレクションに選定。1986年毎日デザイン賞。他、グッドデザイン賞、IFFT賞など多数。

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