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七月のお盆【シロクマ文芸部】

海の日を祭日にしてくれて、本当に感謝だわね。母さんが嬉しそうに言った。
おかげでお盆に帰って来れるものね。

ボクの横で妻は、
そうですねえ〜
と顔を引き攣らせて笑っている。

僕の実家がある地方は、7月にお盆をやるのだ。
以前は、その頃は休みがないからお盆には帰れないよ、
と言っていたし、8月は盆休みがない仕事なので、8月も無理だ、
なんて言っていた。
しかし7月が三連休になったことで、母さんが大喜びで
これから来れるわよね!
と言って電話をして来た。

それ以来毎年7月の三連休は、実家に帰ることになった。

僕の実家とはいえ、家を出てだいぶ経つし、母さんと妻の両方に気を使い、僕も疲れてしまう。

子供が小さい頃はまだよかった。
子供中心に話が弾んだりもしたからだ。

しかし子供たちは、大きくなるにつれて、実家に行ってもスマホばかり見て話もしなくなり、そのうち部活だ勉強だと言って、ついて来なくなった。
僕たちも、なんやかんや理由をつけて、一年おき、2年おきになった。

そんな頃だった。

突然母さんが倒れたと連絡があった。
慌てて病院に向かった。
一命は取り留めたが、しばらく入院になった。

入院の準備のために実家に行くと、2週間前のカレンダーの海の日を含んだ連休が、大きい赤いハートマークで囲まれていた。

今年もきっと楽しみにしていたのだろう。

1ヶ月前、母さんに電話して、
今年のお盆は無理だわ
と言った時、

そうなの、残念。
でも、忙しいなら仕方ないわね。

と寂しそうに言った母の声を思い出した。

母さんごめん。


病院で目をさたました母さんは、
ごめんなさいね、忙しいのに手間かけて…
と謝った。

謝らなくていいよ。
助かって良かったよ。

と言ってから、僕は
こちらこそごめんよ。
大して忙しくないのに、お盆に帰らなくて‥
と心の中で謝った。

父さんを早くに亡くし、寂しい思いをしていたに違いない。
お正月は、妻の実家と交互に行っているから、せめて7月のお盆くらいは毎年来よう。

いや、それ以外でも、
できるだけ帰ってこよう。
後悔しないように…

母さん、来年のお盆は絶対来るから、元気になってくれよ。

僕がそういうと、母さんは静かに笑って、
なら、元気になって、おはぎ作らんとな、
と言った。
その声は、弱々しくも、嬉しさが滲み出ていた。

妻が言った。
私もお手伝いしますから

翌年の海の日。
キッチンで母さんと妻が楽しそうにおしゃべりしながらおはぎを作る後ろ姿があった。

僕は、母さんにも妻にも、感謝し、嬉しく思いながら、台所に行った。

何か手伝うことあるかい?


♯シロクマ文芸部

「海の日を」から始まるお話を書いてみました。

お盆に帰るの面倒だな、憂鬱だな、と思っていた立場から、今は待つ身になりました。
やっぱり楽しみに待ってしまう私。

ちょくちょく家に来てくれる子供達プラスお嫁ちゃんに、心から感謝しています。

みなさんはお盆の帰省してますか?


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