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朝から大泣きの彼女(妄想物語)

まだワイヤレスイヤホンが今ほど普及する前の話。
出勤時、私が信号待ちをしていたら、向かい側の道路の少し先で、20歳前後と思われる女の子が、携帯電話を耳に当てながら、大泣きしている。
電話をしているようなのだけど、あれだけ泣いていたら、話もできないだろう。
どうしたんだろう?
誰かの訃報?
いや、泣いてる場合じゃないだろ、すぐ行かないと!
別れ話? 朝から?
こうして私の妄想物語が始まった。
(当時の妄想とは少し違う展開になりましたが)

彼女には、高校から付き合っていた彼がいた。
彼女は地元の短大へ、彼は遠くの大学へ進学した。
遠距離恋愛ではあったけれど、2人の気持ちは一年経っても変わることがなかった。

ところがある夜、いつもの時間に電話したのに、彼は電話に出ない。
その後何度も電話しても、出なかった。
ラインを送っても既読にならない。
今まで電話ができない日は、事前に連絡くれていたのに…

でもまあ、たまにはそういうこともあるのかもしれない。
あんまり束縛するのもよくないよな。
そう言い聞かせて、諦めて寝ることにした。

翌日、毎朝の日課になっている8時20分に電話してみた。
でもやっぱり出ない。病気や事故じゃなきゃいいんだけど…
彼女は不安になった。

昼過ぎ、彼の親友の戸田くんからラインが来た。
北野(彼)の事、お前聞いてる?

何のこと?

私は胸騒ぎがした。
戸田くんは、しばし沈黙した。

何?

北野が…
昨日…

鼻を啜る音。戸田くんが泣いている。

何?
何があったの?

交通事故に遭って…
な…亡くなったって…

うそだ!

明日葬式なんだって

私は同級生を誘ってお葬式に行った。
彼の両親は、私が彼と付き合っていたことは知らない。
私は彼の顔を見る勇気もなく、遺影の前に飾られている、笑った彼の顔だけを見て帰ってきた。

2日経っても、やっぱり彼がいないなんて、信じられない。
そんな朝、朝8時20分にスマホの電話が鳴った。

見ると彼の名前が表示されている。
彼のスマホは、事故の時大破したと聞いていた。

彼が死んだなんて夢だったのかも。
いや、落ちていたスマホを見つけて誰かが電話してみたのかも

不審に思いながら、電話に出ると

誕生日おめでとう。
祝ってあげられなくてごめん。
いなくなっちゃってごめん。

それは彼の声。
その日は彼女の誕生日だった。

その朝彼女は、彼の声が聞けた嬉しさと、でも彼はもういないという悲しさが込み上げてきて、電話を手に泣き崩れたのだ。

うん。泣くよなそりゃ
大泣きするよ、私でも。

んなことあるかいっ!
いや、妄想の世界は何でもありさ。

将来小学校の先生になるんだろう。
頑張れよ。
ずっと応援してる。
彼は言ったのかもしれない。

明日も電話できるの?
いや、これが最後の電話になると彼女もわかっていたはず。

話が途切れるのが怖くて、彼女は、泣きながらでも話し続けたかったけれど、言葉が出てこない。

キミと出会えてよかった。
楽しかったよ。
ありがとう。
こんなことになってごめん。
幸せになれよ…

何だかありきたりだけど、やっぱりこんな言葉になるんだろうな。
彼女は、
うん、うん…と答えるのがやっと。

そろそろ行かなくちゃ。
もう泣くなよ

まだ切らないで!
あのね、あのね…
なんの話をしていいのかわからない。

元気でな。
彼の声が小さくなる
待って
待って
彼女は叫んだけど、もう彼の声は聞こえない。

無常の
ツーツーツーの音。
彼女は、スマホを手にしたまましばらく泣き続けた。

それでも彼女は、しばらくして泣き腫らした目で学校へ向かって走った。

私頑張るね。
見ていてね…
北野くんのこと忘れないよ

その頃私は…
そんな妄想をしながら、元気に朝の挨拶をして職場に入り、仕事を始めていた。

私も頑張るわ
電話は来ないけど、空でじいちゃんばあちゃんが見ていてくれてるはず。

私もじいちゃんばあちゃんのこと
忘れないよ!

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