朧月夜の晩に
朧月夜に行われるキツネの葬列を見たものは、そのままキツネになってしまう。
そんな言い伝えが、昔からこの村に伝えられていた。
弥七は、狐になっては大変と、春の夜の美しい朧月夜の下、足早に帰宅を急いでいた。
するとどこからか、静かな笛の音が聞こえてきた。
朧月夜に笛の音とは風流な…
その笛の音につられるように、笛の音のする方を見ると、7〜8匹のキツネが、一列になって歩いている。
お棺のようなものを担いでいるものもいた。
弥七は、それがキツネの葬列だと気づき、ハッとした。
見ないふりをして逃げようとしたが、体は何かに操られるように、その列に向かっていく。
ふと気がつくと、弥七は他のキツネの葬列に加わって歩いていた。
見ると、自分の尻に、大きくてふさふさしたしっぽがついていた。
そのうち足もキツネの足になり、全身が金色の毛で覆われていた。
キツネの姿になってまった弥七は、亡くなったキツネの遺体を丘に運んだあと、長老らしいキツネに尋ねた。
私はもう、人間には戻れないのでしょうか?
すると長老は笑って言った。
人間に戻るだって?
違うよ、ようやくキツネに戻れたんだ。
人間なんていきものは、もうとっくに滅びているのさ。
現在人間と言われているのは、人の形をしたロボットと、人間に化けたキツネと、人間に化けたたぬきの3種なのだよ。
そもそも、お前は先祖がキツネだから、その葬列を見ることができ、それを見ると昔の姿に戻ることができるのだよ。
長く人間だったせいで、お前たちは自分がキツネということを忘れておるのじゃ。
長老は言った。
もう人間にはなれないのでしょうか?
また人間に化ければいいのさ、
その方法を覚えていればな。
弥七は田舎のおとうのところを尋ねてみた。
突然家の中に入ってきたキツネを見て、おとうは驚いた。
こんなところに、キツネが迷い込んでくるとは!
庭の鶏が襲われたら困るから、撃ち殺して、毛皮にでもするか?
おとうは、銃を構えた。
おとう、俺だよ。
撃たないでくれ!
弥七は必死で叫んだ。
その時おかあが顔を出した。
やれ、弥七じゃないかね。
お前、葬列見ちまったのか。
おとうは驚いて銃を下ろした。
おとう、おかあ、
俺たちは、キツネだったの?
また人間に化ける方法を知っている?
おとうとおかあは、顔を見合わせた。
何を言っているんだ?
キツネのわけがない。人間だ。
おとうもおかあも、もうキツネだってことを忘れているのか…
それなら、人間に化ける方法など、知っているわけがない。
弥七は山に戻って行った。
すると一匹のたぬきに出会った。
たぬきが言った。
お前、弥八か?
俺は又吉だ。
満月の日にたぬきの腹鼓の演奏会を見てしまって、たぬきになっちまった。
お前はたぬきだったんだな。
たぬきは、腹鼓の演奏会を見たらたぬきに戻ってしまうのか‥
弥七も又吉は、どうしたら人間の姿になれるのか、知っている人を一緒に探すことにした。
するとある新月の夜、一匹のキツネが大きな朴葉を頭の上に乗せ、何かしているのを目撃した。
もしかして…
二匹が隠れてみていると、
何度目かに、ようやく葉を乗せたまま、くるりとうまく宙返りして、キツネは人間になった。
二匹は、人間になったキツネの真似をして、朴葉を頭に乗せて宙返りをしようとしたが、なかなか上手くできない。
できないまま疲れ切って、二匹は朴の木の下で
眠り込んでしまった。
眩しい朝日で、二匹は目覚めた。
いや、目覚めたのは弥七と又吉だった。
近くには、酒の入った瓢箪と、大きな朴葉がたくさん落ちていた。
酔っ払って、こんなところで寝ちまったのかな?
2人は、顔を見合わせて笑った。
でも、弥七は又吉の尻にチラッとたぬきの尻尾が見えた気がした。
シロクマ文芸部
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?