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月と共に【シロクマ文芸部】

今朝の月は、まんまるで大きい。そして最後の光を放って、美しく西の空に輝いている。

終わりだね…
とうとう彼は帰ってこなかった。
美知子は、そんな月を見ながらつぶやいた。

元々彼はマメではないにしても、このところ手紙が途絶え、たまに電話しても、どこかぎこちない。

もう終わりなのかもしれない
と思いつつ、それを信じたくない。認めたくない気持ちが大きい。

電話が通じなければ、会いに行くしかない。
美知子は昨夜、突如彼のアパートに車を走らせた。
高速で飛ばしても3時間かかる距離だ。
東の空に大きな月が輝いていた。

彼の家で、呼び鈴を鳴らすけど、出てはこない。
留守のようだ。
どこかに出かけるという話は聞いていないし、仮に飲みに行っても帰ってくるタイプ。
それでも彼はいない。

本当はわかっていた。
彼女のところに行っているんだよね…

でも、帰ってくるかもしれない。
帰ってきてほしい。
美知子は、玄関先に座って、彼を待ち続けた。

自分の車は持っておらず、親の車を勝手に借りてきてしまった。
朝までには帰らないと!
今朝の月がまだ輝きを放っているうちに、出なければならない。

美知子は最後に、もう一度部屋の呼び鈴を鳴らした。
初めてここに来た日のことを思い出した。
もうここに来ることは無いんだろうな。
涙がツーっと頬を伝った。

わかってたじゃん。
わかってて、気持ちに踏ん切りつけるために来たんじゃん!
でも、好きな人ができたなら、逃げないで自分から言って欲しかった。
もう、付き合って行く気もないくせに。
ずるいよ…

美知子は、メモを置いて帰ろうと思ったけれど、あいにく何も持っていなかった。
でも、自分が来た証は残したい。

ふと目についた、バックの中の口紅。
窓ガラスに口紅で
バカ
と書いて、アパートを後にした。

この月の光のように、私の恋も消えようとしている。
美知子は、そんなことを思いながら、月を背にして、帰路を急いだ。
涙で滲んでくる視界を、必死で拭って、運転に集中しようと頑張った。

なんとか帰宅した時には、もう月は、光を失った白い月になっていた。

見守ってくれてありがとう。
おやすみなさい。

美知子は月に言って、忍足で家に入り布団に潜り込んだ。

本文ここまで
シロクマ文芸部さんの企画に参加です。
まだ、携帯電話などない時代のお話でした。

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