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紫陽花を忘れる頃

紫陽花を見に行こう。
僕は彼女に誘われて、紫陽花で有名なお寺を訪れた。
彼女は、紫陽花が大好きだという。
様々な色や種類がちがうアジサイを見つけては、感性を上げて近寄り、しばらくうっとりと眺めては、写真を撮っている。

時折僕のところに駆け寄り、
この写真きれいに撮れたでしょう
このアングルすごくいいでしょう
と写真を見せながら、クリッとした目で僕の顔を覗き込む。
僕はその度にドキドキしてしまう。


僕はそんなふうに、紫陽花に囲まれた彼女を心のカメラに焼き付けた。
一年中紫陽花が咲いていればいいのに…


しかし、紫陽花の色が移り変わるように、彼女の心も移り変わり、彼女は僕の元から去っていった。

花が終わって枝を短く刈り込まれた紫陽花は、その存在を消し、そこに紫陽花があることさえ誰も気づかない。
だけど、僕の心に残る写真には、美しい紫陽花と彼女の笑顔が焼きついたままだ。

翌年またここに、美しい紫陽花が咲き乱れる頃には、僕は彼女を忘れられるだろうか…

秋も終わりに近い頃、刈り込まれた紫陽花を見ながら、ただずんでいると、見知らぬ女性が声をかけてきた。

紫陽花、咲いてる時は見事ですよね。
でもこのお寺、ちょっと奥の方なんですけど冬のつばきも見事なんですよ。
見てみます?
と、スマホの写真を見せてくれた。

綺麗でしょう?
そう言って僕の顔を覗き込むその女性のつぶらな瞳に、僕はこの先の未来を見た気がした。

じゃあ、冬に見にきます。
案内していただけますか?


♯シロクマ文芸部


シロクマ文芸部さんの、
「紫陽花を」
から始まるお話を書く企画に参加しました。

この後、つい
「実は、その時の女性が今の妻です」
なんて書きそうになりましたが、もちろんフィクションです 笑

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