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【略称だと読みが変わるパターン】

きっかけ

すべての始まりは、りっひさん(https://heinrichm1115.com/)のネタツイになる。ちなみに、マジ空レスすると、「インカレ」は「インカレー」ではなく、「インターカレッジ」(intercollege)「大学間の」の略で、大学対抗スポーツ競技大会や、「インカレ・サークル」即ち複数の大学の大学生が在籍する同好会のような学生団体のことである[1]。また、「合コン」は「コンクール」ではなく「コンパニー」に由来していて、よく「コンパ」と略される「コンパニー」は、同じ団体にいる同士が親睦を深めるための飲み会・食事会のことであり、そこで「合コン」とは男女などのグループが合同でコンパを行うことで出会いを求める宴席のことである[2]。

そこで、「がっ しょう」と「ごうコン」の読みが違う、ということに対する反論として、「京阪神けいはんしん」は「きょうさかこう」と呼んでいないのではないかという指摘があった。これを細かく見ていくと、「京都」は「きょうと」と普通読むのに、「京阪神」の「京」は「けい」と読み、「大阪」は普通「おおさか」なのに「京阪神」の「阪」は「はん」と読み、「神戸」は普通「こうべ」なのに「京阪神」の「神」は「しん」と読むということである。

そこで、漢字には複数の読み方があるのは日本語の常識であるが、「京」の音読みの場合、呉音の「きょう」が「けい」になるのはなんとなくわかるけど、「阪」や「神」のように、訓読みであったものが音読みで読まれ、和語から漢語へと転向したことは、とても興味深い。それを調べるべく、例をX上で募集してみたところ、たくさんの方の助力を得て、例が集まってきたので、それを整理・分析し、文章にまとめたのが本稿になる。

はじめに

現代日本語の略語法で、一般的には複合名詞、例えば「コンビニエンス・ストア」のように最初の数拍・数音節を取って「コンビニ」と略すパターンもあれば、「ナル・コンピュター」のように(長音拍を省きつつも)「パソコン」と略すことが多い。

しかし、「おおさかだいがく」→「阪大はんだい」のように訓読みの和語を同じ漢字の音読みに置き換えて新しい漢語を作ったり、「ゴールデンカムイ」→「きんカム」のように、外来語の「ゴールデン」が同じ意味を表す漢字語の「」に置き換えて新しい混成語を作ったりすることがある。

以上の例が示すように、元の短縮されていない名称の一部または全部の構成要素を、同じ意味や漢字などを持つ別の読み方に置き換えて略していることがわかる。このようなパターンを整理すると、日本語にある和語(訓読み)・漢語(音読み)・外来語の少なくとも3つの語種の語の、略称になるとカテゴリの転換が発生するものが、組み合わせて数えてみると、少なくとも6つのパターンが考えられる。

  • 和語 → 漢語

  • 和語 → 外来語

  • 漢語 → 和語

  • 漢語 → 外来語

  • 外来語 → 和語

  • 外来語 → 漢語

今回は、それぞれについて見ていく。

分析

和語 → 漢語

和語から漢語、訓読みから音読みになるパターン、地名においてかなり多い。地名の多くは和語で訓読みであるのに対し、それを含む大学名称などが略称になると、音読みになる。例えば以下の大学名はその典型例となる。

  • 阪大学(おおさかだいがく) → 大(はんだい)

  • 古屋大学(ごやだいがく)→大(めいだい)

  • 戸大学(こうべだいがく) → 大(しんだい)

  • 奈川大学(ながわだいがく) → 大(じんだい)

戸」の「神」は呉音「じん」、 神奈川の「神」は漢音「しん」として区別していることが観察できる。また、「名大」は「明大」(明治大学)と同じ発音になるので、関東では使われないと言われている。

和語 → 外来語

和語から外来語になるパターンは珍しい。

  • 山学院大学(ももやまがくいんだいがく)→ピン大(ピンだい)

このケースでは、「桃山」の「桃」を取って、「桃色」と意味が類似する「ピンク」から頭文字を取って、「ピン大」と略している。ただし、「ピン大」はあくまで俗称のようで、一般的には「桃大(ももだい)」になる。

  • 袖Tシャツ(ながそでティーシャツ)→ロンT(ロンティー)

このケースでは「長袖Tシャツ」の「長袖」を「ロング(スリーブ)」と読み替えて略している。

漢語 → 和語

略語で、漢語から和語になるケースも少ない。

  • イタリア料理(イタリアりょうり)→イタ(いためし)

やはり、二音拍に収めきれないときに、意味の近い和語に置き換えていることになる。注意すべきなのが、このパターンでは、漢字の頭文字ですらなく、まったく別語に置き換わっていることである。

  • 春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない(せいしゅんブタやろうはバニーガールせんぱいのゆめをみない)→ブタ(あおブタ)

「青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない」またはそれに類する青ブタシリーズと呼ばれる一連の作品の略称は、最初の「春」と「ブタ野郎」の2つの部分を取って、それぞれの頭文字を取って「青ブタ」となったあとに、「あおぶた」という読み方を振ったように見える。

漢語 → 外来語

漢語から外来語になるパターンは意外とあるが珍しい。

  • 午後の紅(ごごのこうちゃ)→午後ティー(ごごティー

「午後の紅茶」は略すと、紅茶ではなく上位概念であるお茶に対応する外来語「ティー」に置き換わっている。それは「紅茶」の「茶」だけを取ったのか、それとも「紅茶」を「ブラックティー」にしてから「ティー」だけを取ったのかなどは定かではない。

  • テニスの王子様(テニスのおうじさま)→テニプリ

「テニスの王子様」のケースは、かなり特殊で、「王子様」という、漢語「王子」と和語の接尾辞「様」がついた部分を、二音拍の略称に組み込もうとしたところ、おそらく「テニオウ」も「テニオジ」も「テニサマ」も定着できなかったのであろうから、代替的な有標な略称を選ばざるを得なかったと思われる。そのため、王子に対応する英語由来の外来語「プリンセス(princess)」を使って、「テニスの王子様」だから、「テニス・プリンセス」を取って、「テニプリ」になったのであろうと考えられる。

  • 東北大学(とうほくだいがく)→東北トンペイ

  • 京女子大学(とうきょうじょしだいがく)→女(トンじょ)

東北大学」や「京女子大学」の略称はかなり特殊のケースである。「トン」や「ペイ」といった読みは、広い意味で唐音、即ち呉音・漢音よりもあとに入ってきた中国語音(漢字音)の層になる。恐らく麻雀用語にすでに確立されていた中国語音を借りたんであろう。麻雀用語が普通、カタカナで書いたり併記したりとしているように、日本語の漢語体系とは少し離れた立ち位置になり、現代日本人の意識としては中国語の発音というイメージが強いので、外来語というカテゴリにされることが多い。

外来語 → 和語

外来語から和語になるパターンも珍しい。

  • アイドリッシュセブン→アイナナ

7を意味する外来語「セブン」が「七(なな)」になっている。

  • 冴えない彼女の育て方(さえないヒロインのそだてかた)→冴え(さえかの

「冴えない彼女の育て方」の場合は、元々義訓と呼ばれる芸術表現などのために、慣習から逸脱した読みを振り仮名として振るケースである。つまり、「彼女」は普通「かのじょ」と呼ばれるのに対し、ここでは「ヒロイン」
という振り仮名になっている。「冴え彼」という略称は、むしろ読みを無視して、「女」という表記上の文字を取って、そして性別を示すために読みも「かれ」ではなく「かのじょ」の「かの」になっている。

「冴えない彼女の育て方♭」のロゴ

外来語 → 漢語

  • ゴールデンカムイ→カム(きんカム)

  • ゴールデンボンバー金爆きんばく

「ゴールデン」を冠する「ゴールデンカムイ」や「ゴールデンボンバー」のケースでは、両方とも漢字語「金」と略されている。これはおそらく「ゴル」などと略しても意味が伝わらないからであろう。

おまけ

頭字語

略称が頭字語(acronym)またはアルファベット語になるケースもある。例えば、「日本放送協会」のローマ字「Nippon Hôsô Kyôkai」の頭を取って、NHKと略すものや、「卵かけご飯」のローマ字「Tamago Kake Gohan」と略すパターンもある。

助詞

以上のどのカテゴリにも属さない、表記のみを重視した略した方もあり、例えば以下のように、ひらがな部分だけを抜き取った特殊なケースもあって興味深い。

  • 西(つきひがしにし)→はにはに

  • 友達ない(ぼくともだちすくない)→はがない

終わりに

本稿では、現代日本語の略称で、語種を超えて読み方や語そのものを変える略語法について見てきた。そのモチベーションはどうも略しても意味を保ちたいというのが根底にあるような気がする。もしかしたら、日本語の多様な語の層が、複雑な文字体系などに影響されつつ、母語話者の意識に鮮やかに反映され、略称に様々な工夫を施した結果に、最終的に生き残った略称が我々に馴染んでいく。それを辿っていくことは、日本語や日本の言語文化と歴史を紐解いていけるまた一つの視点となり得よう。ここまで読んでくださった方、一緒にこの楽しい旅を堪能できたら幸いである。

何か不備や補足情報があれば、ぜひお気軽に声掛けてください。また、研究
などの利用は、当記事の参考文献への記載をお願いします。

参考文献

  1. ウィキペディアの執筆者(2023.2)「インターカレッジ」『ウィキペディア日本語版』(2024年6月6日確認)

  2. 株式会社リクルート(2022)「インカレとは?インカレにもいろいろある!意味や使われ方を紹介」『タウンユースマガジン』

  3. PARTY☆PARTY(2021)「コンパって何?合コン・街コンの意味や飲み会との使い分け方をご紹介

  4. Wiktionaryへの寄稿者ら(2023.2)「」『Wiktionary』(2024年6月7日確認)

  5. Wiktionaryへの寄稿者ら(2023.2)「」『Wiktionary』(2024年6月7日確認

  6. 京野さち(2024.6)「漢+和→洋「テニスの王子様」→「テニプリ」」https://x.com/sat_chan_kyo/status/1797835896085205392

  7. 冬の風鈴(2024.6)「イタリア料理→イタ飯 などは「読み」が変わっているわけではない」(中略)https://x.com/windharp41/status/1797841749764931726

  8. 羊飼いP(2024.6)「和→漢だと名古屋大学→名大(めいだい)ですね 明治大学と被るので関東圏では使わないみたいですが」https://x.com/hitsujikaip/status/1797870389542158735

  9. しゅれ(Milton Taepyong KIM)(2024.6)(前略)「神奈川大学⇛神大(じんだい) も和⇛漢の例ですね。略称には多そうです。」https://x.com/ntaipiiiiiii/status/1797881469307912354

  10. 明星 -མྱཱོ་ཇཱོ་-(2024.6)「「ゴールデンボンバー」→「金爆」というまるっと漢字に直したパターンも。」https://x.com/vyKTD3nNg1am9lb/status/1797913507016683963

  11. ゆーもれい(2024.6)「冴えない彼女(ヒロイン)の育て方 →冴え彼(かの)」https://x.com/yumoreigakusei/status/1797872985518608566

  12. TVアニメ『冴えない彼女の育てかた♭』公式サイト

  13. ースライムさん(2024.6)「漢→外 「東北大学」→「トンペイ」」https://x.com/slaimsan/status/1797937968847683654

  14. たっち/Tatch/它龇牙咧嘴(2024.6)「長袖Tシャツ -> ロンT (和 -> 外) とかですか」https://x.com/TatchNicolas/status/1797961703579328771

  15. ふよう(2024.6)「漢→外で 「午後の紅茶」→「午後ティー」 あと 「東京女子大学」→「東女(トンじょ)」というのも 漢→外 に該当するのかな。東をトンというのは現代中国語の発音由来だよね」https://x.com/vzdGvXcQ84CGE1G/status/1798682754135257402

  16. 黛勺銑/Mayuzumi Shakusen(2024.6)「略称だと読みが変わるパターン 一応全部調べてみた」https://x.com/M_Shakusen/status/1798316699420405940

  17. 黛勺銑/Mayuzumi Shakusen(2024.6)「完全版完成しました!」https://x.com/M_Shakusen/status/1798659380394721777

  18. 現場猫のおっさん(40)(2024.6)「「愛媛大学」→「あいだい」」https://x.com/OssanBlackRX/status/1798940758537588750


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