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子供や若者の甲状腺がんの早期発見は有害無益である過剰診断問題について公正で開かれた議論を 髙野徹 りんくう総合医療センター甲状腺センター長/大阪大学特任講師(論座の記事より)

2021年08月24日に論座 RONZAに出ていた記事です。2023年7月にサイトが終了し、

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筆者の皆さまへお知らせ 論座編集部
https://webronza.asahi.com/info/articles/2023020900002.html

とでていましたので転載させていただきます。

福島で「異常な事態」が起きている

福島では現在、300人もの子供や若者が甲状腺がんと診断されています。このような世代が甲状腺がんに罹ることは極めてまれであり、福島県の人口を考えれば異常事態であることに間違いありません。この事態にどう対応すべきなのでしょうか。

 福島の子供たちに見つかっている甲状腺がんのほとんどすべてが、症状が出る前の小さな甲状腺がんが、いわばがん検診として実施された超音波検査を受けることでたまたま発見されたケースです。上記の問いの結論を出すためには、子供たちにがん検診として甲状腺超音波検査を受けさせることが良いことなのか否か、ということを知る必要があります。これからそのことを考えてみましょう。

がん検診が有効ながんとは

まず、がん検診で早期に見つけたらいいことがあるがんとはどんながんなのか、ということを説明します(図1)。

 がんはその種類によって成長のスピードが異なります。膵がんなどは成長が非常に速いのでチーターにたとえられます。肺がんや胃がんはウサギです。そして成長の遅い前立腺がんなどはカメです。このうち、国が検診を奨励しているのはウサギ型の肺がん、胃がん、乳がん、子宮頸がん、大腸がんの5つだけです。チーター型のがんは早く見つけても治療が間に合いません。またカメ型のがんは症状がでてから治療しても間に合うことも多いので早期診断があまり有効ではありません。すなわち、早期に発見することが死亡率の改善に役立つもののみに対して、がん検診が有効であるとされているのです。

図1

若年者の甲状腺がんは従来のがんの常識から外れた成長の仕方をする

 甲状腺がんは従来は中年以降発生してそこから非常にゆっくり成長するカメであると考えられており、やはり検診は推奨されていませんでした。しかし、最近、甲状腺がんの成長はそれほど単純ではなく、特に子供や若者に発生する甲状腺がんは非常に変わった成長の仕方をすることがわかってきたのです(注1)。そのような性質をきちんと理解して診断や治療をしないと、患者にかえって害を与えてしまいます。

 若年者の甲状腺がんは成長が速く、派手に転移もします。一見ウサギのように見えます。しかしこのような性質に反して、この病気で死に至ることは滅多になく、20年以内の死亡は極めてまれで、生涯生存率は95%を超えています。どうしてこのような矛盾した性質を示すのか。最近になってようやくその理由がわかってきました。

 実は、大部分の甲状腺がんの最初の発生は幼少期なのです。だからこそ、幼少期に首に放射線を浴びると甲状腺がんの発生リスクが上昇するのです。甲状腺がんは一般的には成長が遅い、と考えられていますが、ここから10代-20代までは意外に早く成長します。またこの時期の甲状腺がんの細胞は移動する能力が高く、高い頻度で甲状腺の周囲、特に首のリンパ節に転移します。しかし、変わっているのはここからの成長の仕方です。

 30歳に近づくとこのようながんの成長は次第に緩やかになり、その大部分が成長を止めてしまうのです。私はこのようながんのことを「昼寝ウサギ型のがん」と呼んでいます。本来ウサギのように足が速いのですが、イソップ物語にでてくるカメと競争して負けたウサギのように、途中で昼寝して進むのをやめてしまうのです(図2)。

図2

 このような昼寝ウサギの中で、オリンピック選手のようにとりわけ足の速いごく一部のものだけが首のしこりとして目立つほど大きくなり、症状を呈するがんとして現れます。昼寝ウサギは10代20代では成長が速く、かつ転移をしているので一見たちが悪いように見えてしまいます。しかし、転移した後であっても、放射線治療が非常に良く効くことも理由の一つではありますが、ほとんどの症例で患者になんらかの悪さをするレベルになる前に成長を止めてしまうので、患者を殺すことは滅多にないのです。

 また、表で目立つのはオリンピック選手のウサギだけですので、そこまで足の速くない「一般のウサギ」たちは甲状腺の中にそれこそ山のように隠れています。事実、30代以降に甲状腺の超音波検査を実施すると小さな甲状腺がんは200人に1人程度に見つかり、手術をして調べれば甲状腺の外までがんがしっかり広がっています。しかし、このようながんは検査をしなければ一生気づかれることはないのです。福島の子供たちに甲状腺がんがたくさん見つかったのは、これらを精密な超音波検査で掘り起こしたことが原因です。

(注1) 参考文献:Takano T Natural history of thyroid cancer. Endocr J 64:237-44, 2017.

若年者の甲状腺がんを早期に診断することで利益はあるのか

では、このようながんをがん検診の目的で超音波検査等で超早期に診断すればなにか良いことがあるのでしょうか。

 高齢者で発生する甲状腺がんは未分化がん等、非常に悪性度の高いがんに変化することもあるので、一定の割合で患者を殺します。若年者で見つかる小さな甲状腺がんは高齢になってから悪性化してたちの悪いがんに変化するから早期に見つけることに意義がある、と説明している専門家も国内におられます。しかし、この説明は計算が合いません。

まず、小さな甲状腺がんは最近ではすぐに手術せずに経過をみることが世界の主流になりつつあり、既に数千人のレベルで経過観察の実績があります。しかし、その中で、実際にがんが悪性化して死に至った例は一例も報告されていません。さらに2000年以降、韓国で超音波検査で小さな甲状腺がんを見つけて予防的に手術することがなされましたが、20年経過した今でも甲状腺がんによる死亡数は低下していません(注2)。これらのデータは、若年期に発生する超音波でしか見つからないような小さながんが悪性化して死につながることはあるとしても極めてまれで、これらを治療しても無意味であることを証明しています。

 また、そもそも若年者の甲状腺がんでがん死に至ることは滅多にないので早期発見したところでこれ以上の改善を見込むのは難しく、超音波検査で若年者の小さながんを早期発見して治療しても死亡率の低下には役立ちません。

 また、超音波検査で若年者の甲状腺がんを早期に診断すれば、手術に伴う合併症を減らすことができるし、再発率も下げることができると主張している国内の専門家たちもいます(注3)。しかし、このような事実を証明した論文は一つも存在していません。

 以上をまとめると、若年者の甲状腺がんを超音波検査で早期発見することによる明確な利益は存在していません。多くの方にとってこの結論は予想外かもしれませんが、若年者の甲状腺がんの成長の仕方を考えれば当然の結果です。まず、そもそも若年者の甲状腺がんは途中で成長が鈍るので死に至ることは滅多にありません。そして若年者の甲状腺がんは超音波検査でしか見つからない大きさでも甲状腺の外にまで広がっています。つまり、超音波検査で小さい段階で甲状腺がんを見つけたとしても、それで甲状腺の外にがんが広がることを防げるわけでありません。もっと進行して症状が出てから見つかるのと、がんの進展度合いという点では状況的にあまり差が無いのです。そして仮に転移があったとしても、命に関わることは滅多にありません。

(注2) 参考文献:Takano T Overdiagnosis of juvenile thyroid cancer: Time to consider self-limiting cancer. J Adolesc Young Adult Oncol 9: 286-8, 2020.
(注3) このような主張は福島県が住民に配布している甲状腺検査の説明文書にみられる

若年者の甲状腺がんを早期に診断することの弊害は?

 一般的には超音波検査は「無害な検査」とされていますが、こと無症状の若年者に対する甲状腺超音波検査については重大な弊害があります。

 前述のとおり、超音波検査で小さな甲状腺がんが見つかった場合、その大部分は検査しなければ一生自分ががんを持っていることに気づかずに終わったものです。このように悪さをしない・治療を必要としないがんをあえて診断してしまうことを過剰診断と呼びます。

 では過剰診断の弊害とは何でしょう。これはご自分の子供さんが甲状腺がん、と診断された場合を想像してもらえれば容易に理解できるでしょう。いかに若年者の甲状腺がんが危険度の低いがんだとはいえ、自分の子供に「がん」という診断名がつくことの衝撃は計り知れません。また、世間一般の常識からして、「小児がん」というのは死に直結する病名であり、診断をつけられた子供たちはその日から明日をも知れぬ命、と見なされかねません。現実問題として日本の社会では経済的な差別も含め、がん患者に対する見える形、見えない形での差別は存在しています。子供の甲状腺がんの過剰診断は人権問題としての性格が非常に強いのです。

 小さながんはそれで死んだりすることはないんだから、手術せずに様子を見ておいたら問題ないんじゃないか、と言う意見もありますが、そのようなやり方は子供には無理です。子供にがんがある、と言われて何もせずに放置しておける親はまずいません。遅かれ早かれ手術になり、そしてその手術は高い確率で本来不要であったはずのものです。その結果、首に傷が残るし、確率は低いですが、悪くすれば甲状腺のホルモンが不足したり、血中のカルシウムが減ったり、声を出す神経を傷つけたりする合併症に見舞われます。

 若年者の甲状腺がんの再発率は手術後30年まで上昇を続けることが確認されています(注4)。また、手術をせずに経過観察を選択するとしても、その安全性に関するデータがあるのは大人のケースだけで子供や若者については前例がありません。小さながんは数十年たったら悪性化する、と信じている国内の専門家たちは長期間にわたる経過観察の必要性を主張するでしょう。手術するにせよ、手術せずに経過をみるにせよ、現状ではほぼ一生涯にわたる通院が必要となる、ということです。これは子供たちにとって大きな負担となります。

 もちろん、小さな甲状腺がんがある、と診断された子供たちのなかには、一定の割合で将来症状が出るレベルまで成長してしまうがん(オリンピック選手ですね)を持っている場合があります。しかし、この場合でも、早期診断はメリットにはなりません。まず、早期診断したからといって、その後の経過が良くなるというデータがないのは前の議論と同じです。それに、彼らはこれから進学・就職・結婚・出産といった重要なライフイベントを控えています。甲状腺がんの成長のペースを考えれば、早期診断しなかったらこのような重要な局面を終えて一安心した後での治療で十分間に合ったかもしれないのです。

 上に書いたことは私の30年にわたる診療経験から出した結論です。こういう説明をしたら、子供や若者に小さな甲状腺がんがありますよ、と伝えることがいかに残酷なものか、ということをわかってもらえるでしょう。

 ただ、残念なことに、子供の甲状腺がんは極めて珍しい病気で、このような経験をした医師は国内にはほとんどいません。その結果、甲状腺の専門家の間でさえも甲状腺がんという病名を付けることのリスクを軽く考えてしまう傾向があるのです。私が診察している患者はよくこのようなことを言います。「できることならば、甲状腺がんと診断される前の自分に戻りたい」と。

 最近、さらに心配な情報がアメリカから届きました。アメリカで甲状腺がんの治療で有名なメーヨークリニックが出した論文です(注5)。超音波検査が導入される以前の30年前までとその後とで、子供の小さな甲状腺がんの術後の再発率を比較しました。その結果、30年前までは再発がほとんどなかったのに対し、超音波検査導入後は手術後10年で10%超、30年ではなんと50%超が再発していたのです。

 超音波検査で小さな甲状腺がんを掘り起こすことが、何らかの原因で子供たちの小さな甲状腺がんに対し「寝た子を起こす」ことになっていることが示唆されます。このデータからも早く見つければ再発が減る、という見解は間違いである可能性が高いのです。実際に福島県立医大で手術された子供たちは、超音波検査を実施したことで超早期に診断・治療されたにもかかわらず、既に7%以上も再発をしており、メーヨークリニックのデータに似通っています。

 まとめると、若年者の小さな甲状腺がんを超音波検査等で超早期に発見することには様々な弊害が存在するのに対し、利益として挙げられるものは一つもありません。早期診断が有害無益であることは明らかです。すなわち、福島で甲状腺がんと診断された300人の子供や若者たちのほとんどは甲状腺がんが早く見つかって幸せだった患者ではない、と推定できます。

 これらのことを受けて、世界保健機構(WHO)のがん専門部会であるIARCは2018年に、たとえ原発事故後であっても甲状腺スクリーニング(対象者全員に検査を実施すること)はすべきではない、とする報告書を出しています。福島で子供を対象に実施されている甲状腺超音波検査は、医学的には直ちに中止すべきものであるといえるでしょう。

(注4)参考文献:Hay ID, 他 Papillary thyroid carcinoma (PTC) in children and adults: Comparison of initial presentation and long-term postoperative outcome in 4432 patients consecutively treated at the Mayo Clinic during eight decades (1936–2015).World J Surg 42:329-42, 2018.
(注5)参考文献:Hay ID, 他 Papillary thyroid carcinoma (PTC) in children and adults: Comparison of initial presentation and long-term postoperative outcome in 4432 patients consecutively treated at the Mayo Clinic during eight decades (1936–2015).World J Surg 42:329-42, 2018.

甲状腺超音波検査に関する二つの誤った見解

この機会に、甲状腺超音波検査に関して国内で飛び交っている誤った言説について訂正を加えたいと思います。

 まず、福島の子供たちは放射線の被曝を受けている可能性があるので命を救うために超音波検査での甲状腺がんの早期診断が必要だ、という見解です。

 自然に発生する甲状腺がんと、放射線の影響で発生する甲状腺がんとの間で悪性度が異なることを示すデータはありません。すなわち、放射線の影響の有無にかかわらず同じように対応したらよい、ということです。ですから放射線の影響があるとしても超音波検査が有害無益であることには変わりありません。

 こういう誤解が発生したのは、チェルノブイリ原発事故において超音波検査がたくさんの子供たちの命を救った、と多くの方が信じているからでしょう。しかしこれは誤った認識です。チェルノブイリでさえも、超音波検査による早期診断が、死亡率を改善する・手術の合併症を減らす・再発を減らす、というような効果をもたらしたことを証明するデータは存在しないのです。今の時点で振り返ってみれば、症状が出てから治療する形であってもおそらく治療成績はそれほど変わらなかったであろうと推測できます。

また、「日本においては厳密に検討されたガイドラインに従って超音波診断を慎重にしているので、子供や若者の過剰診断の問題は発生していない」とする見解もしきりに流布されています(注6)。

 私はこの見解は大きな問題があると見ています。学会のガイドラインに従う形で超音波検査を実施した結果、日本においては過剰診断が抑制されてきたことは事実です。しかし、前に少し述べましたがそれは大人限定であって、子供や20代の若者でそのような観察をした経験の集積はないのです。このガイドラインは主に30歳以上の成人のデータに基づき大人の甲状腺がんを想定して作成されたものです。まったく性質の異なる子供や若年者の甲状腺がんに対して有効だとする根拠はありません。

 すなわち、実効性があるかどうかわからないまま、たまたま大人のガイドラインがあるから、と福島に流用しただけなのです。実態はこのような状況なのですが、福島県や甲状腺関連学会は、一般の方々に対しても、あたかもこのような取り組みが福島において有効であるかのように誤解されかねない、非常に紛らわしい説明をしています(注7)。

 これで本当に過剰診断や過剰治療が抑制されているなら結構なことですが、現実に起こっていることは全く異なります。福島では子供や若者が次々と甲状腺がんを持っていると診断され、その大部分が手術を受けているのです。大人のガイドランでいけるんじゃないか、と試しにやってみたけれどもうまくいかなかった、というのが現状であり、その厳しい現実から目を背けるべきではありません。

(注6)参考文献:Sakamoto A, 他Cytological examination of the thyroid in children and adolescents after the Fukushima Nuclear Power Plant accident: the Fukushima Health Management Survey. Endocr J 67:1233-8, 2020.
(注7)このような説明は福島県が住民に配布している甲状腺検査の説明文書[注3]、日本甲状腺学会の公報(「日本甲状腺学会雑誌12巻1号に掲載された特集1『甲状腺癌の過剰診断を考える』 についての日本甲状腺学会の立場について」)等で見られる。

専門家は灯台となれ!

本稿を書いていて非常に残念に思ったのは「国内の専門家は・・・」と前置きして何回も科学的に誤った見解を提示しなければならなかったことです。

 この件に関しては、私以外にも、何人かの良識派の専門家の先生方がしきりに苦言を呈しているのですがなかなか改善されません。このような偏った見解が当たり前のように流布される原因としては、ひとつには福島での甲状腺検査の実施を正当化したいという願望があるからであり、もうひとつは甲状腺の診療において超音波検査は診療報酬的に重要なドル箱であることから、甲状腺の専門家たちがその危険性をあからさまにしたくない、という思いがあるのかもしれません。

 しかし、専門家が目先の損得にこだわるあまりに政治的になりすぎると、福島で甲状腺がんと診断された本人や家族の方々のみならず、国民全体の信頼を失ってしまうことになりかねません。

巨大な国家プロジェクトとして開始された福島の甲状腺検査は、もはや舵の利かない巨艦となってしまっています。このような状況で専門家が果たすべき役割は愚直に科学的に正しい事実を伝え続け、目指す方向を示す灯台の役割を担うことあると思います。灯台の火が揺らいでしまえば巨艦はますます迷走してしまいます。

 科学に基づかない診療行為は対象者に必ず害を及ぼします。政治は他の方々にお任せしましょう。科学的な方針さえ決まったら、どなたかがきっと良い解決策を見出してくれます。どうか、自分が何のために医者として、専門家としての道を選んだのか、ということをあらためて思い出してください。

 とはいえ、学術界がそのような本来あるべき姿勢を取り戻すには時間がかかります。行政や学会から科学的に正しい情報を得られない、ということになると一般の方々は困ってしまうでしょう。そこで、福島の甲状腺検査に関して利害関係のない国内外の専門家の方々に集まっていただいて若年型甲状腺癌研究会という学会を新たに作りました。この学会のホームページでは甲状腺がんの過剰診断に関する最新かつ国際標準である科学情報を提供しています。また、甲状腺専門医の方々が「過剰診断から子どもを守る医師の会(SCO)」というTwitterアカウントを開設してくださり、タイムリーな情報を提供しています。また、本稿の内容をもっと詳しく知りたい、という方は私も一部分担執筆しております「福島の甲状腺検査と過剰診断――子どもたちのために何ができるか」(あけび書房)をお読みください。

 多くの方に甲状腺超音波検査についての正しい理解をしていただき、日本において甲状腺がんの過剰診断問題について公正で開かれた議論ができるような日が一日も早く来ることを願っています。