見出し画像

研究目的で甲状腺超音波スクリーニング、それやっちゃっていいの?

今回はまもるの素朴な疑問をお話しさせてください。

研究目的で甲状腺超音波スクリーニングが行われているかどうかを調べてみました。
チェルノブイリ周辺国では今でも日本の支援で研究目的での甲状腺超音波スクリーニングが実施されています。例えば次の文部科学省の科学研究費助成事業がそうです。

チェルノブイリから福島を知る~甲状腺超音波所見の自然史 研究期間 (年度)2018 – 2022
https://kaken.nii.ac.jp/ja/report/KAKENHI-PROJECT-18KK0265/18KK02652018hokoku/

KAKEN  2018 年度 実施状況報告書

また、日本では人間ドックで実施した甲状腺超音波スクリーニングに関する研究論文がでています。

①    当院人間ドックにおける甲状腺超音波検診4年間の成績と課題
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ningendock/36/1/36_32/_pdf/-char/ja
②    人間ドックの甲状腺超音波健診で検出された腫瘤性病変の検討
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ningendock/36/5/36_691/_pdf/-char/ja

人間ドック学会雑誌

①  の研究では54名の、②の研究では9名の対象者に甲状腺がんが見つかっていますが、これらは韓国の経験を踏まえると過剰診断である可能性が高いと考えられます。

米国予防医学専門委員会(USPSTF)は無症状の成人に対する頸部触診や超音波を用いた甲状腺がんのスクリーニングは推奨しない(グレードD)

US Preventive Services Task Force:JAMA. 2017;317(18):1882-7.
Ann Intern Med. 2015;162:641-650. doi:10.7326/M15-0483  Screening for Thyroid Dysfunction: U.S. Preventive Services Task Force

つまり 甲状腺がんスクリーニングを推奨せずと勧告しています。過剰診断等の害が利益を上回るからです。

医学研究の倫理規定を定めたヘルシンキ宣言には次の記載があります。

条文8. 医学研究の主な目的は新しい知識を得ることであるが、この目標は個々の被験者の権利および利益に優先することがあってはならない
 
条文9. 被験者の生命、健康、尊厳、全体性、自己決定権、プライバシーおよび個人情報の 秘密を守ることは医学研究に関与する医師の責務である。被験者の保護責任は常に 医師またはその他の医療専門職にあり、被験者が同意を与えた場合でも、決してその被験者に移ることはない。

つまり、たとえ対象者が「検査をしてくれ」と言っていても、害が利益を上回る場合(無症状の対象者への甲状腺超音波スクリーニングはその典型です)、研究目的でそのような検査をしてはいけない、ということです。
 

上で紹介した研究は、すべて論文の中に「倫理委員会の承認を得て実施されている」との記載があります。しかし、害が利益を上回っているのですから、どう考えてもヘルシンキ宣言に抵触しているようにしか見えません。こういうのってやっちゃってもいいのでしょうか。倫理委員会できちんとした審議がされているのでしょうか。

これは福島の甲状腺検査についても言えます。

福島の場合は、害が利益を上回る、という点に加え、学校検診の強制性と過剰診断の記載が無いなどインフォームドコンセントの不備についてもヘルシンキ宣言に抵触していると考えられます。しかし、このような状況でも福島県は、福島県立医科大学の倫理委員会が承認しているから、と検査を正当化していますし、福島県立医科大学が発表した論文には福島医大の倫理委員会で承認されているという記載があります。

これらの状況を見ていると、倫理審査そのものがないがしろにされているような気がします。その結果、多くの人たちが研究対象とされたことによる健康被害に遭っているのではないでしょうか。

もちろん、研究調査でないならヘルシンキ宣言にのっとる必要はないかもしれません。しかし、ヘルシンキ宣言を無視した研究は学術論文として発表することはできませんし、ヘルシンキ宣言に抵触しているのに、従っている、として論文を書けば捏造になります

医学倫理を専門にしている先生にこの問題を伺ったことがあります。
その先生は、「戦争の場合とか、高度な政治的判断が必要な場合は、医学倫理を無視して調査をすることは可能」とおっしゃっていました。確かに、福島原発事故は重大な事件であり、倫理を無視した政治的な判断が必要な事態と解釈できるかもしれません。しかしその状況であるならなおさら、少なくとも住民に対して、非常事態だから検査の有害性には目をつぶってデータを集めさせて欲しい、という率直な説明が必要なのではないか、と思っています。あるいは非常事態だったとするならばそれはいつまででしょうか?被ばく線量が低いことが明らかになった今も非常事態でしょうか?そして災害時の研究調査においてこそ、研究者の真に被災住民のためになるように研究を行う行動規範(code of conduct) (Disaster-zone research needs a code of conduct  ,Nature 2019.
https://www.nature.com/articles/d41586-019-03534-z  )が求められるのではないでしょうか?