日本小児科学会:専門家たちは福島で甲状腺検査について何を語ったのか?
第125回日本小児科学会学術集会が福島県立医科大学主催で行われました。そこでは福島の甲状腺検査についてのセッションがあり、専門家たちの見解が示されました。その中で2名の方の講演内容を以下にまとめます。
① Gerry Thomas氏 (Department of Surgery and Cancer, Imperial College London, UK)
IARCの推奨を再び改竄?
Gerry Thomas氏は昨年福島県立医科大学の主催で福島で開催された「『県民健康調査』国際シンポジウム」に招待され、その講演で国際がん研究機関(IARC)専門家グループの提言を改竄したスライドを提示して物議を醸しました。この件については別のnoteにまとめてあります。
https://note.com/mkoujyo2/n/n7a53db6186f8
そのような方を福島県立医大がまた招待し福島で講演させる、ということで、不安を感じた方々も多かったのではないかと思います。残念ながらその不安は的中しました。Thomas氏は昨年使用したのとまったく同じスライドを持ち出して、「これが専門家グループの見解だ」と説明しました。IARCの正しい提言とThomas氏が提示した文書を比較して下に出します。
簡単に両者の違いを説明すると、Thomas氏は本来モニタリングで用いられるべき制限を、スクリーニングの場合に用いるように勝手に制限を緩めています。福島では100-500mSv超の被曝をした子供はみつかっていませんから、IARCの提言ではスクリーニングもモニタリングもしてはいけない、ということになりますが、Thomas氏の提示した条件によれば、福島ではスクリーニングはしてはいけないけれど、モニタリングはしても良い、ということになります。またThomas氏は福島で行われているのはスクリーニングではなくモニタリングであることを強調していました。つまり福島の甲状腺検査をIARCの提言は支持していると誤解が生じるように、提言を変更したように見えます。
② 横谷 進氏(福島県立医科大学甲状腺・内分泌センター)
福島で行われているのはモニタリング 甲状腺がんが多く見つかっているのは前倒し診断
横谷進氏は、最初にご自分の講演は「発表者個人によるものであり、福島県立医科大学、あるいは、放射線医学県民健康管理センターの見解をしますものではない」と前置きされています。その上で、IARCの提言についてIARCが提示した「100-500mSv以下ではモニタリングを推奨しない」というところを省いて説明し、福島の検査はスクリーニングではなくモニタリングではないかと考えていると発言されました。また、福島で甲状腺がんが多数見つかっているのは将来臨床がんになるものを30年分前倒しで診断している可能性もあるという見解を述べられました。
「30年分前倒し説」ですが、これは福島県立医科大学の鈴木眞一教授もおっしゃっています。しかし、この話には大きな矛盾があります。30歳を超えると小さな甲状腺がんは超音波検査で探せばそれこそ山のように見つかります。そしてそれらのがんを手術しても甲状腺がんによる死亡率は減りません。すなわち、このような小さな甲状腺がんのほとんどは一生症状を呈さない過剰診断例です。福島で見つかった甲状腺がんがすべて前倒し診断であると主張することは、30歳で山のように存在する過剰診断につながるがんは10代、20代では探しても一例も見つかっていない、と主張することと同じになります。それならそれらはいつ発生しているのでしょう。29歳で突然でてくるのでしょうか。
この他、福島県立医科大学の志村浩己教授は、IARCの提言には、現在すでに実施されているプロジェクトに対して言及するものでない、という一文が記載されているので、福島の甲状腺検査はこの提言に縛られることないのだ、ということを強調されていました。
参考までに、スクリーニング、というのはがん検診のように対象となる集団のほとんどの人を参加させて決まった検査を実施するやりかたであり、モニタリングは、対象者と個別に相談しながら、そもそも検査をするかどうか、するとしたらどんな検査をするか決めていく、というやり方です。皆さんは学校の集団検診として行われている福島の甲状腺検査はどっちだと思いますか?上記の専門家たちはモニタリングだと言っています。
このように、さまざまな疑問がわきあがってくるのですが・・・・・
前倒し診断についても、モニタリングについても、見解は「個人的意見」であり、専門家の発言の自由は担保されるべきだ、というのももっともです。しかし、それはそれぞれの専門家が自分の意見に責任を負うこととバーターです。多くの専門家が議論して提示したIARCの提言について、専門家がスクリーニングをモニタリングと言ったり、はては提言の内容自体を改竄する、というのはいかがなものでしょうか。これらの講演からは現在の甲状腺検査のあり方を正当化し、今後も今の形で継続しようとする専門家たちの強い意思が感じられる一方、検査を子供たちに害のない形に変えていこうとする前向きな思いは感じ取れませんでした。
また、特定の専門家が偏った意見を述べたときに、他の良識ある専門家が自分の見解を述べて議論を喚起し、誤りを訂正しないといけないはずです。しかし、今回の学会ではこれらの見解に反対意見を述べた専門家がいた、ということは聞いていません。専門家間の自浄作用が全く働いていないところに福島の甲状腺検査を巡る根深い問題が垣間見られます。