る・ひまわり「いとしの儚」配信感想


 
今回、る・ひまわりさんの公演での「いとしの儚」の主演・鳥越裕貴さんは、私の母の推しです。
寝たきりの祖母や仕事のことやらで、この感染症の状況ではと生観劇は断念しましたが、どうしてもどんなものなのか見たくて配信で見ました。
感想はというとまずは「生で見たかったな~!」と。
(毎回言ってる)
役者さんの数が限られているのにも関わらず、みなさん手練れの役者さんたち。もちろん配信のカメラワークもスイッチングも丁寧なお仕事でしたが、「ああこのシーンではどうしていたんだろう」と戯曲を読み返して気になることばかり。

☆る・ひまわり「いとしの儚」
作 横内謙介  演出 石丸さち子
鈴次郎 鳥越裕貴
儚 鎌滝恵利
鬼シゲ 辻本祐樹
ゾロ政 中村龍介
鬼婆、お鐘、妙海、地蔵菩薩、その他たくさん 原田優一
青鬼 久ヶ沢徹

☆ちなみにご存知かもしれませんが
戯曲デジタルアーカイブ
https://playtextdigitalarchive.com/drama/detail/119
にて「いとしの儚」の戯曲が無料で読めます(もし上演する場合には許諾が必要だそうですのでお気をつけください、その他著作権法もきちんと守りましょう。釈迦に説法かもしれませんが)
鳥友さん、ぜひ公演を思い返しながら読んだり、なんなら鳥ちゃんになったつもりで・儚役に抜擢された気持ちで本読みなどされてみてはいかがでしょう?
 
☆母の推し、鳥越裕貴という俳優
母が鳥ちゃんのファンになったのは、何を隠そう私が刀ミュの沼に一緒に引きずり込んだからなんですが、今では私よりも2.5次元俳優の動向にめちゃくちゃに詳しいです。
最近の鳥ちゃんはご本人も「数年に一度くる忙しい時期」と言っているくらい忙しいそうで、ここ最近母も嬉しそうでした。
介護やら仕事やらで大変な中ですが、推しの存在はやはり偉大ですね。
そして鳥ちゃん自身もこのる・ひまわりさんの「いとしの儚」の公演はとても楽しみにして気合いが入っていたそうで。
主演というのもありますが、そもそも鳥越さんはもちろん2.5作品で活躍中ですが小中規模のストレートプレイ作品への意欲もあるそうで、しかも主演で、かつこれまでの役者人生の中であまりやらないような役だった(のだろうと私は思っているのですが、これを読んで鳥ちゃんの長年のファンの方が「それは違う」と感じましたらどうぞご一報ください)ので、この公演は「鳥越裕貴という俳優」にとって一つのターニングポイントになっているのかもしれないなと思いました。
私はそこまで詳しくは知りませんが、母の隣でたまにニコ生やYouTubeなどを見たり、ドキュメンタリーやらインタビューやらを見たり読んだりすると、やっぱり鳥越さんは気さくで人との距離をすぐ詰めてしまう人という印象です。先輩にもかわいがられ、後輩思いで、ファン思い。

☆3次元の人間の芸能活動を応援することのリスク
これまでの半世紀の人生において、3次元のアイドルや俳優を推してこなかった母(花の女子高生だった頃は銀英伝とキャプ翼に沼り、推し俳優はジャッキーチェンだった)が、若い男性俳優を推すことについては、自分で沼に沈めておきながらちょっと抵抗というか心配はありました。炎上や不祥事、オタク同士の揉め事、唐突なケガ・引退・・・などなど。沼に深く潜れば潜るほど、3次元の人間に裏切られたときの傷は深いものです。
でも、なんとなあく、鳥越さんなら大丈夫かなあみたいな気持ちになっています。もちろん、盲目なファン心理というのもありますが・・・。
ファンの民度というか、良い意味でのスルースキルというか、とにかく、みんなで一緒に楽しもうという気持ちを大切にするファンの方が多いなあという印象です。これってとっても大切なことですよね。
うちの母も慣れないながらにTwitterでつぶやき、リプをしあい、ニコ生を見て(コメ欄が速すぎてコメント打つのは無理とのこと)、楽しくやっています。ファンの方達のおかげだなあと思っています。そして鳥ちゃんのおかげです。ありがとうございます。
 
もちろん、ヘンな人というか、迷惑行為をしてしまっている人もいるんだとは思いますよ。どこの界隈でもだれのファンにもそういう人はいます。アンチもいます。どこにでも、だれにでも。
けど、一番大切なのは推しを見たり、推しの話を聞いたり、推しへの愛を語ったり、推しからの愛を受け取ったりすることですよね。と、最近、新しい沼に浸かり始めていろいろあって思っています。
 
☆鈴次郎と鳥越裕貴
だいぶ話が逸れてしまったのですが・・・
そんなわけでとてつもなくクズの博徒・鈴次郎と、人なつっこい俳優・鳥越裕貴はもう真逆なので大変な役だったのだろうなあと思っています。
もちろん、鳥越さんの心の中にも、無気力さ・邪念・劣等感・諦め・暴力性、そういうものって絶対あると思います。人間なので。
でも、生まれながらにそういうマイナスの感情が小さめだったり、あるいは自分でコントロールして上手に付き合ったり、わざと自分で気を逸らしたりできている人が、あえてこういう役をするのは、大変なのだろうなあと。
ただ、鈴次郎はクズな男だけど、家庭環境なども相まってクズにならざるを得なかった男だと解釈しています。
根っからの悪党ではなく、「自分を救ってくれたのは博打だけだ」とそこにしがみついている鈴次郎。
だからこそ、無意識のうちに愛を求めているし、それにも関わらず愛とは何か分からず、信じられない。
でも、自分では知らないうちに儚に与えていたんですよね。世の中の人達には、鈴次郎の愛は見えなかったかもしれないけれど、儚にとっては大切な温もりでした。
そして最後には、愛に気づいた上で儚を助けるように鬼シゲさんに頼みこむんです。
最後、2人が抱き合うシーンはきっと、愛というものを知らない役者さんたちがやっても、「ふ~ん、ヤれたんだねよかったね」としかなりません。
鳥越さんと鎌滝さん、お2人がそれぞれに愛を知っている人間だからこそできるんだろうなあと。
鈴次郎を演じるのに鳥越さんは優しすぎる人だったかもしれませんが、同時に、ちゃんと優しさや愛を知っている人でないとできないのが鈴次郎という役なんだろうなあと思います。
 
☆ここから先はすんごい自分語りで恐縮なんですけども
私は趣味でアマチュア演劇をやっています。
自分で台本書いて自分で演じた(ほぼ)一人芝居がありまして、儚と同じように、人ではない子が人の姿になって愛する人に会いに行く物語をつくて演じました。
最初、台本は2週間で書き上げました。
様々な作品からいろんな影響を受けていると思います。インプットばかりの四半世紀で、アウトプットしたことがほとんどなかったのでとにかくガツガツと訳も分からず書きました。
アンデルセン童話の「人魚姫」が幼少期からすごく好きなんです。「愛する人の命を奪うことはできない」と、一人泡になって天に昇り、そこから先ずっと愛する人を風に乗って見守るという、無償の愛というか健気な恋というか、すごく好きなんです。
それから、私は高校生の頃にラーメンズがめちゃくちゃに好きで、小林賢太郎さんが一人でやっている「Potsunen」の中の「悪魔のキャベツら」という作品がこれまたものすごく好きなんです。悪いことは言わないので一回見てください。公式のYouTubeこちらです。
 
 
その(ほぼ)一人芝居のあらすじとしてはこんな話です。ある一人の絵描きに大切にされていたデッサン模型のりんごが、ある日突然捨てられてしまい、絵描きに会うために魔法で人間にしてもらって、会いに行くという話を書きました。
あらすじとして書くとすごくメルヘンな感じですし、実際できあがってから「まって・・・これ私がやるんか・・・?」と自分で書いておきながら自分で困惑してました。
儚ほどものを知らない子ではありませんでしたが、タイムリミットは100日ではなく1日。どうしても伝えたいことがあって、会いに行く。
思い返してみると、とてもシンプルですね。
 
素人で初心者の私はだいぶ難航しました。
セリフを覚えるのはたいして苦ではありませんでした。たった10~15分のお芝居で、しかも自分で書いたものですから。ただ、ずっと難航していました。一番の原因は、私が、私の心の中にあるものに目を背けたことだな、思い返すとそう思います。
自分で書いた台本で、自分で作り上げたキャラクターではありましたが、彼女の純粋で無償の愛、そして優しさ、それから最後に、自分は愛しているのだと気づいて「本当はもっと愛したかった、私がもしも本当に人間だったら」と吐露する素直さ。このへんのことを人前で語るのはものすごく抵抗がありました。
自分をさらけ出すのはとても怖かったし、すごく苦しかった。
 
☆二人三脚
たぶん、人なつっこくて優しいタイプの鳥越さんは、鈴次郎の役はとても苦しかったんじゃないでしょうか。私には分からない領域ではありますが、とにかく大変だったんだろうなと想像します。
自分の心の中にいるだれかの声を、ちゃんと聞くこと、体を貸してあげること・あるいは寄り添うこと。鈴次郎さんは人に寄りかかるのが苦手な、というか今まで寄りかかったことのない人ですから、鳥越さんは果たして鈴次郎さんと仲良くやれていたのか?もう終わった公演ですが今更心配してしまいました。苦笑
 
でも、役ときちんと向き合ったり、仮に共感や理解ができなくても認め合ったりすることで、終わった後でもずっと、自分のことを支えてくれたりするなあと思います。
素人の小娘が何を偉そうに、と言われればそれまでですが、私にとって彼女はとても大切な存在です。
「いとしの儚」は人気な演劇作品ですから、これまで様々な俳優さんたちが鈴次郎を演じていらっしゃいます。
でも、「鳥越裕貴という人が演じる鈴次郎」はこの世に一人だけです。
ライブ配信という媒体ではありましたが、私はあの鈴次郎に会えてとても嬉しいです。
きっと、観客のみなさんや、制作に関わった方々、そして鳥越さんにとっても、そうであったほしいなと思いますし、そうなのではないかなと思います。 
 
☆愛するということ
最後にひとつ、余計なお世話を承知で書きます。
どこの、誰のファンの方にも言いたいこと。
できることなら、ぜひ食わず嫌いせずに、様々な垣根を越えて、いろんな作品を見てください。
新たな発見や、キラリと光る宝石や、心の中にぼうっと灯る温かい光があるかもしれません。
そして、また御推しの沼に帰ってくればよいでしょう。
そしてもしよければ、感想を書いたり、いろんな人と話したり、ファンレターを書いたり、なんなら演じる側・作る側にまわるのはいかがでしょう。
きっと、あなたの御推しも、あなたの世界が広がったことを喜んでくれます。
それがきっと愛でしょう。

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