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中小企業診断士 森健太郎シリーズ① NeverEndingGAME※経済学・経済政策

はじめに

この記事は中小企業診断士一次試験合格のため、試験範囲の論点を記憶する目的で執筆した記事です。私は受験前ですので中小企業診断士の資格は取得しておりませんし、登場する人物および会社はすべてフィクションです。
中小企業診断士の有資格者の方や専門分野の知見をお持ちの方がご覧になられていたら、内容の齟齬や間違った理解をしている箇所についてご指摘、ご指南いただけると幸いです。
試験後に時間があれば記事にしたいと思いますが、私は認知特性タイプが言語優位(言語映像型)で文章の読み書きによる記憶や理解が得意としています。ストーリー法とプロテジェ効果を利用した学習の一環として記事を執筆しております。


支配者の損失


中小企業診断士の森と㈱ベックスワイナリーの柿谷は、柿谷の製品開発について打合せをしていたはずが、いつの間にかワインと日本酒を経済学を嗜む会になっていた。

「ワインと日本酒っていいですよね~。ブドウとかお米の出来とか環境や仕込みの方法で毎年違った味を楽しめるんですからね~。ワインは水を加えていないからブドウの味がダイレクトでワインに反映されるですよね~。」

どう見ても森は酔っぱらっている。自分の製品開発の話と経済学の話はどうなるのだろうかと柿谷は怪訝な表情を浮かべていた。

「そうですね。ワインも日本酒も完璧でないからこそ作り手も面白いのかも知れません。」

「そういえば、消費者余剰の話をする前に完全競争市場の事を説明したのを覚えてますか?」

「ええ。消費者も生産者もプライステイカーっていうやつですよね。」

「そうです。実は完全競争市場の逆、不完全競争市場というのも存在します。ゲームの話の前にそれをご説明しようと思います。」

森の顔から笑顔が消えている。

「完全競争市場と不完全競争市場は何が違うんですか?」

「一番の特徴は、完全競争市場はすべての参加者がプライステイカーなので価格を決められないということです。また、財は価格以外の差別要因がなく、無数の生産者と消費者が存在します。一人が爆買いしたとしても需要と供給のバランスが崩れたりすることはないんです。それが完全競争市場です。」

「それが完全だとすると、不完全競争市場は財に差別要因があって、生産者と消費者に限りがある?」

森はいぶりがっこをポリポリかじりながら、笑みを浮かべた。

「その通りです。限りがあるというのは少し表現が違いますが、価格の支配力を持つ主体が存在するのが、不完全競争市場です。」

「ん~。なんとなくイメージしにくいですね。」

「ですよね。不完全市場には大きく3つの特徴があります。①独占市場 ②寡占市場 ③独占的競争市場 です。」

「独占市場はなんとなく分かりますね。1社で市場を独占しちゃっているということですね。」

「その認識で合っています。念のため3つの市場の定義をご説明します。
①独占市場:売り手(供給者)が1社しか存在しない市場
②寡占市場:売り手(供給者)が比較的少数しか存在しない市場       ※特に2社のみで占められている市場を複占市場という。
③独占的競争市場: 完全競争市場の4つの条件のうち、「財の同質性」が満 たされない市場。です。」

「完全競争市場の時はお米屋さんで例えておられましたが、不完全競争市場にはどんな例があるんでしょうか?」

「いい質問ですね。電力、電気通信、鉄道なんかが不完全競争市場にあたります。財が片手で数えられるくらいの会社からしか提供されていませんよね。」

「なるほど。不完全競争になっている市場は多いですよね。市場の構造によってどんな違いがあるんでしょうか?」

「先ほど、市場均衡や社会的総余剰の説明をしましたが、あれは完全競争市場だった場合の話なんです。独占市場や寡占市場になると余剰や需要曲線の変化も違ってきます。」


「では、まず独占市場についてです。独占市場の定義は以下のようになります。①供給量が過小となる  ②市場価格が高くなる  ③①②により、社会的総余剰が小さくなる です。独占市場は1社だけで市場を独占しているので、参入障壁が極めて高いのが特徴です。そのため、独占市場が発生するのはとても稀なケースと言えます。」

「独占市場の具体例が思いつかないので何とも言えませんが、独占市場の特徴はイメージできますね。」

「日本には独占市場はありません。強いて言えば、電気やJRは複占市場と呼べるかも知れませんが。完全競争市場の企業は自分たちで価格を決められないプライステイカーだったのに対して、独占市場では企業の生産量が多いほど、価格を低くしなければ売り切れなくなるという現象が起こります。これをプライスメイカーと言います。独占企業はこ れを認識したうえで行動することが必要なんです。」

「プライステイカーとプライスメイカーを識別するために限界収入という概念を知らないといけません。限界収入というのは生産量を1単位増加させたときに増加する 収入の額のことです。」

柿谷は図を二度見して考えた。

「上の図ではプライステイカーは価格=限界収入となっていますが、これってどういうことですか?」

「ここでの価格とは市場価格のことを指すのですが、プライステイカーは市場価格を変えられません。つまり一定ということです。収入を求める式は収入(R)=価格(P )×生産量(Q)となりますので、1個あたりの収入と価格はイコールであるというモデルなんです。一方で独占企業であるプライスメイカーは、生産量を増加させるほど価格は低下するため、生産量増加よる収入の増加分が、価格低下による収入の減少分を補えず限界収入は価格より も低くなるというわけで価格>限界収入を目指すべきということなんですね。」


「独占企業は生産するほど価格が下がる…か…。」


「このグラフを見てください。縦軸が価格、横軸が生産量です。限界収入をグラフで表したものを限界収入曲線というのですが、供給量が増加に伴って価格が減っています。」

「需要曲線に比べてもかなり急な傾きになってますね…。作れば作るほど価格が下がって利益がなくなってしまうなんて、独占企業というのも楽じゃないんですね…。」

「そうかも知れませんね。独占企業の利潤最大化条件は限界収入(MR)=限界費用(MC) となるように生産量を決めることなんです。」

「限界収入=限界費用?それが利潤を最大化させることなんですか?仕組みが全く分からないのですが。」

森は少し困ったような表情を浮かべた。

「その気持ちは分かります。私も初めて経済学を勉強した時は頭上の特大のクエスチョンマークが浮かんでましたから。限界収入は生産量を 1 単位増加させたときの収入の増加分を表しています。限界費用は生産量を1 単位増加させたときの費用の増加分を表しています。 限界収入>限界費用となっているときには、もう 1 単位生産量を増加させるこ とで得られる収入の増加分が費用の増加分を上回っているので、生産量を増加させ ることで利潤が増加するという構造ですが、独占企業は生産量が増えると価格が低下するので、限界収入>限界費用だと利潤最大化にならないんです。ですので、限界収入(MR)=限界費用(MC)が利潤最大化となるんです。」

「ん~…正直まだいまいち飲み込めないですね笑。」

「これを具体例を挙げてイメージするのは難しいですから、こういうもんだと思ってください。そんな中、さらに詰め込むようで恐縮ですが、独占市場の場合の市場価格は供給者ではなく、需要者の主導で決定されます。」

「え?独占市場なのに需要者が価格をきめるんですか?」

「この図では、この需要曲線から導かれた限界収入曲線MR、およ び限界費用曲線MCが追加されています。独占企業は利潤最大化条件より、「限界収 入=限界費用」となる生産量を選ぶので、Q0という生産量が実現する。一方で、価格は生産量Q0に対する供給者価格(E)と需要者価格(P0)に乖離がありますよね? これは需要者がP0という価格を支払う意思があるということです。供給者はわざわざそれよりも低い価格には設定しないです。これが、需要者主導で市場価格が決まるカラクリです。これも、そういうもんと思ってくださいね笑。」

独占企業の利潤最大化は「限界収入=限界費用」という条件が肝になっているんですね…。」

「そういうことです。次にこの図を見てください。見覚えがある部分がないですか?」

柿谷はグラフの違いにすぐ気が付いた。

「これは消費者余剰と生産者余剰…?」

「その通りです。これは完全競争市場における利潤最大化をした場合の余剰になります。これが独占市場になると下の図のようになります。」


「ここでも死荷量?死荷量は政府の課税で発生する損失のことでしたよね?」

「よく覚えてましたね。独占市場でも死荷量が発生します。価格P0は需要者が払うつもりのある価格です。独占市場は生産量が増えると価格が下がりますので、需要曲線のBとAとP0を結んだ△の面積が消費者余剰です。先ほど柿谷さんが仰ったように、独占企業の利潤最大化は限界収入=限界費用ですから、本当は生産できるけど、限界収入曲線MRと限界費用曲線MCの交点であるCまでしか生産をしないわけです。つまり、独占市場でなければPBFHの分が生産者余剰となるはずだったのが、BFCの分だけ損失になってしまうんです。」

「想像してたのと逆ですね。独占することによって生まれる損失があるんですね…。」

「ちなみに、あまりメジャーではないですが、独占度を測る指標としてラーナー指数というのがあります。」


「独占度が高いと需要の価格弾力性が低くなります。需要の価格弾力性が低いということは、値上げをしても需要が減らないということですから、取引価格が高く保たれるという法則が成り立つということです。頭の片隅に入れて頂ければ大丈夫です。」

「森さん…独占市場の話も大変面白かったんですが、ゲームの話はいつ頃から…?」

森はいつの間にかナッツをつまみに酒を飲んでいた。

「私もね、柿谷さん。ゲームの話をしたいのはやまやまなんですが、子供の頃にご父兄の方に言われませんでした?ゲームは宿題が終わってからって。」

「つまり、まだ…宿題があると?」

森はウインクをしながら親指を立てて笑っている。


複数の支配者

「独占市場の話をしましたが、これらはゲーム理論の予備知識として知っておかなければならないんです。決して意地悪で宿題を出しているわけではないんですよ。」

「まだ宿題が残っていると仰ってましたが…。」

「えぇ。先ほどちらっとお話しましたが、寡占市場について仕組みを理解して頂きます。」

「寡占市場…」

寡占市場とは、価格支配力を有した少数の企業が存在するような市場です。現実にある市場は、1社による独占ではなく一部の企業がシェアの大多数を占めているようなことが多いですよね。このような状況では、ライバル企業の動向をうかがいながら自社の戦略を決めなくてはいけません。ここでは寡占モデルのうち2社モデル (複占モデル)についてお話します。」

「実際には独占市場よりも寡占市場がほとんどですもんね。これは勉強になります。」

柿谷は椅子に座り直してノートを広げた。

「市場における供給企業の集中度(市場集中度)を測る指標としては、ハーフィンダール・ハーシュマン指数(HHI)が代表的でなんですが。 ハ-フィンダ-ル・ハーシュマン指数(HHI)は、市場に参入しているすべての 企業のマーケットシェアの自乗の和として定義される。この指数が大きいほど(最小で0、最大で10,000)、市場集中度が高いと判断されるんです。」

「はい?いきなり理解できないんですが…。グリフィンドール・ハーマイオニー指数ですか?」

「ですよね笑。市場集中度というのはシェア率と考えてください。指数の最大値は10,000です。独占企業はシェア率が100%ですから、ハ―フィンダール・ハーシュマン指数は10,000となります。」

「そうか。支配力のある企業が数社いるわけですから、そのシェア率を数値化したものが、ハーマイオニー指数なんですね。」

「その通りです。っていうかハ―フィンダール・ハーシュマン指数ですね。次からそういう小ボケは拾いませんので。で、完全競争市場や独占市場ではライバルが存在しない想定でグラフの動きを見てきました。寡占市場において利潤最大化を考えると、他の企業の行動で自社の利潤最大化行動が変わってきます。」

「まぁ当然と言えば当然な気もしますが、寡占市場では企業はどんな行動が求められるんですか?」

「経済学では寡占市場のモデルがいくつかありまして、代表的な寡占モデルには、クールノーモデル、ベルトランモデル、シュタッケル ベルクモデルの3つがあります。」


「なんか、バッシュのシグネチャーモデルみたいでかっこいいですけど、やっぱり難しいですね。特に下の2つが…。」

「こんなのがあるくらいに覚えて頂ければ大丈夫ですよ。この3つの中で代表的なクルーノーモデルについて説明します。 たとえば、ある寡占市場(複占市場)に、A社とB社のみが参入しており、A社 はB社の生産量をもとに、また、B社はA社の生産量をもとにそれぞれの生産量を 決定するものとする。  このとき、B社の生産量に対する、A社の利潤が最大化する生産量の関係を「A 社の反応関数」で表し、A社の生産量に対する、B社の利潤が最大化する生産量の 関係を「B社の反応関数」で表します。これをクルーノー均衡と言います。」


「クルーノー均衡…。この反応関数というのは何なんですか?」

「これがまさに、ライバルの生産量に応じて自社の生産量を決める基準になるものです。図をの青いラインを見てください。A社の生産量が増えるほどB社の反応関数は減っていますよね?B社がA社の生産量を見越して生産数を調整しているんです。2つの反応関数のグラフの交点がグルーノー均衡で、バランスの取れた、両者の生産量が均衡するポイントということなんです。」

「なるほど。クルーノーモデルの実例というのは存在するんですか?」

「不完全競争市場と似ていますが、石油や半導体の市場がクルーノーモデルだと言われています。」

柿谷はクルーノー均衡に違和感を覚えた。

「でもですよ?ライバルの生産量をどうやって知るんですか?しかも、石油や半導体の数なんて知り得ますか?」

森は音を立てず笑った。

「柿谷さん、麻雀で自分以外の雀士がどの牌を引いて、どんな手を作っているか知り得ますか?知り得ないんです。つまり、ここからがゲームの話です。」

柿谷は黙って唾を飲み込んだ。

「さぁ、ゲームをはじめようか。」

きっと藤原竜也を意識しているんだろうなぁ。と柿谷は思った。


GAME

「柿谷さんのご指摘の通り、ライバルの生産量を知る事は難しいです。寡占市場のような戦略的行動は、企業のみならずさまざまなところに存在します。そこで登場するのがゲーム理論です。ゲーム理論とは、互いに影響を与え合うプレイヤーによる意思決定に関する理論です。」

「互いに影響を与え合うプレイヤーによる意思決定…。ゲームとはこのことだったんですね。」

「サッカーもバスケも、相手チームの布陣やどんなボールが来るのかが分かっていれば難しいことはありません。しかし、事前にそれが分かる事はない。だから理論を使って予測し分析するんです。」

「なんか面白くなってきましたね~。」

柿谷は目を輝かせ身を乗り出した。

「でしょ?ではまず、標準型ゲームと呼ばれる基礎的なゲーム理論を紹介します。 標準型ゲームは、各プレイヤーが独立して戦略を決定するものです。これは自らが戦略を決定する時点において相手がどのような意思決定を行うのかはわからないということです。標準型ゲームでは、「プレイヤー」「戦略」「利得」が示された表ペイオフマトリックス(利得行列)を用いて各プレイヤーの意思決定を分析します。」


「ペイオフマトリックス…。」

「上の図を見ていただくと分かりやすいですが、マトリックスの表の左上の()の中を見て下さい。A社、B社共に高価格で販売した時の利得はA社:10、B社:10ですが、右隣のマスを見ると、A社:4、B社:12となっていますね。つまり、A社が価格を変えずに、B社が低価格で販売すると、A社の利得は減ってしまうという予測が出来るわけです。」

「これは分かりやすい。相手が高価格か低価格どちらを選ぶかは分からないから、負けるリスクが低い価格設定すべきということなんでしょうか。」

「さすが柿谷さん。上記の例で言うとA社は相手のB社の戦略が「高価格」であっても「低価格」 であっても、結局は「低価格」を選択することが最適な戦略となります。低価格にしておけば最低限の利得は確保できるわけですから。このように、相手の戦略に関係なく自らの戦略が1つに決まることを支配戦略と言います。支配戦略はゲームの設定(利得など)によって、存在する場合と存在しな い場合があるので、そこは注意したいですね。」

「そうですよね。例えば左上のマスのA社の利得が10ではなく20だったら支配戦略ではない戦略も考えられますよね。」

「その通りです。あくまでもモデルの話になりますが、コンビニの出店計画などでもこの支配戦略が応用されます。」


出店した際の来店客数を利得と換算。

「これは2社のコンビニがどちらの駅に出店すべきかを検討したペイオフマトリックスです。数字の開きが大きいので、支配戦略を度外視してもA駅に出店した方が良い事が分かりますね笑。」

「なるほど。これは確かに企業が考えるべきゲームですね。」

「次に、ナッシュ均衡というのをご紹介します。ナッシュ均衡とは、各プレイヤーが最適な戦略をとりあっている状態のことです。ナッシュ均衡はゲームの設定によって複数存在することや存在しな い場合もありますからね。(常に1つの組み合わせとは限らない)」


「マトリックスの中でこの〇が両者の最適ということですよね?双方が支配戦略を取っているみたいです。」

「支配戦略は相手の意思に関係ないですから、ナッシュ均衡で両者がそれぞれに判断した戦略をお互いに知る事は出来ません。それでもお互いに支配戦略を取ることで均衡が生まれているという状態ですね。」

「なんだか、人狼ゲームみたいですね。」

森はまた不敵な笑みを浮かべた。

「面白いのはここからですよ…。」


駆け引き

森は柿谷と自分のグラスに酒を注いだ。

「他の誰かの効用を悪化させない限り、どの人の効用も改善することができない状態をパレート効率的と言います。これは裏を返せば、他者の効用を悪化させることなく、効用を改善できる状態はパレート非効率な状態です。たと えば、上の図で両者が「低価格」を選択している状態は、B社(他者)の効用を悪化させることなく、A社の効用を改善できる余地があるのでパレート効率的と言えるんですね。」

柿谷は酒を一口なめるように飲んだ。

「効用というのは利得とは違うんですか?」

「その説明がまだでしたね。失礼しました。経済学においての効用は財やサービスを消費した時に得られる満足度という意味があります。上の図ではそれぞれの利得の部分が効用を指しています。」

「つまり、他の人の満足度を損なうことなく満足度を得ることができる状態ということですね。でも、先ほどのナッシュ均衡と何が違うんですか?」

森が小さくうなづいた。

「いいご指摘です。ナッシュ均衡は各プレイヤーが最適な戦略をとりあっている状態とご説明しましたね。これは自分が損をしないために最適な戦略をとっているので、相手の状況を考慮していなんです。自分の選択を変えると利益が得られない状態なので均衡はしているけど、自分本位な戦略です。一方でパレート効率は「他社の効用を悪化させることがなく」が条件なので、他者のことを考えて最適解を導くことなんですね。」

「ん~どうもまだパレート効率のイメージが掴めないですね…。」

柿谷は腕組をしてパレート効率について考えた。

「例えばですね、これから私と柿谷さんがタクシーで同じ方面の自宅に帰る状況を想像してください。そこに1台のタクシーがやってきます。タクシーは1台しかないので、2人が別々のタクシーで帰るとしたら、往復しなければならないので、私か柿谷さんのどちらかの効用は悪化します。でも、我々が相乗りでもいいと合意が取れれば、どちらも効用は悪化せずに目的を果たすことが出来ます。これがパレート効率な状態です。」

「なるほど~。でもタクシーの運転手さんはどうなるんですか?往復すれば2回分の運賃が取れるのに数が減ってしまいますよね?」

「そんなところまで考えられるんですね。さすが柿谷さん。確かにタクシーの運転手は1回分の営業機会を失っています。でも、2人で相乗りすれば運賃は割り勘になりますよね?つまり、価格が下がると買いやすくなるので需要が増えます。経済学の視点だとこのようになるんです。」

「そうか。これなら誰の効用も悪化しませんね。」

森はグラスの酒を飲み干した。

「しかし、世の中の人や企業が我々のように寛大で慈愛に満ちているわけではありません。」

「何をおっしゃるんですか…急に…。」

「現実的には他者の満足なんてどうでもいいですし、均衡しているよりも、より多くの利得が欲しいというのが人間の性です。結局、我々は卑しい本性を隠しているんです。愛だ恋だとぬかして所詮は僕らアニマルなんです。でも、そういう奴というのは必ずしっぺ返しがくるものですよね。イソップ物語の犬みたいに。」

「それが経済学と何の関係が?」

「先ほどのA社とB社のマトリックスにおいて、各プレイヤーが非協調的に戦略決定を行った結果、両者にとって高い利潤を得るとが可能であるのに、非協調的な行動の結果、より低い利潤しか得られなくなっ てしまうというようなパレート非効率的な状況囚人のジレンマといいます。」

「囚人のジレンマ…。」


「この図は左の数字がA社、右がB社の利得でしたね。そして、A社B社がともに低価格を選択した場合がナッシュ近郊の状態です。B社がより多くの利得を得ようとして高価格にした場合どうなりますか?」

「総合計の利得が減っていますね…。」

「そうです。低価格の状態で協調していれば多くの利得があったんです。強欲は得を生まないということです。これは哲学ではなく経済学的な考え方ですけどね。ベックスワイナリーはこれからどんなゲームで勝つべきなんでしょうね?」

柿谷は考えた。自分は儲けのためにワインを作っているわけではない。他の醸造所のワインを否定して自分のワインだけを売りたいわけでもない。しかし、より多くの人にワインを届けるためには、利益も生まなければならないし、ゲームで勝たないといけない。

「森さん、経済学のことをもっと教えていただけませんか?新しい商品や売り方を開発するのにも、消費者のことや市場のことをもっと知らないといけない。」

「私もそう思います。柿谷さんが作るワインはおいしい。ワイン好きならまた買いたくなるワインでしょう。しかし、消費者の心は所得や経済の状況によって変化します。それを考えて作るかそうでないかは大きなファクターだと思います。」

そう言いながら、森の目は半分ほどしか開いていなかった。

「ありがとうございます…。でも、とりあえず今日は終わりにしましょうか…。」

「そうですねぇ~。柿谷さん、お得意先の飲食店に行かれるんですよね?私も一番町でもう1杯ひっかけて帰ろうと思ってたとこなんです~。タクシーで一緒に行きましょうよ~。パレート効率的に~。」

どちらかと言えば、これは支配戦略じゃないかと考えながら柿谷はタクシーの手配をした。


続く



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