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中小企業診断士 森健太郎シリーズ⑦小さき者たちのArk※中小企業経営・中小企業政策(前編)

はじめに

この記事は中小企業診断士一次試験合格のため、試験範囲の論点を記憶する目的で執筆した記事です。私は受験前ですので中小企業診断士の資格は取得しておりませんし、登場する人物および会社はすべてフィクションです。
中小企業診断士の有資格者の方や専門分野の知見をお持ちの方がご覧になられていたら、内容の齟齬や間違った理解をしている箇所についてご指摘、ご指南いただけると幸いです。
試験後に時間があれば記事にしたいと思いますが、私は認知特性タイプが言語優位(言語映像型)で文章の読み書きによる記憶や理解を得意としています。ストーリー法とプロテジェ効果を利用した学習の一環として記事を執筆しております。


小さき者たちのLow

「ごめんくださーい。」

中小企業診断士の森は、大学の同期の熊川春樹の実家である熊川味噌本舗に来ていた。居酒屋と森の事務所で中小企業の現状について説明すると、社長である父親にも聞かせてやってほしいと懇願されたのだ。

事務員の女性に取り次いでもらい、熊川が出てきた。
小さな事務所に5~6名の従業員が詰めていた。室内には香ばしい麹の香がかすかに漂っている。

「お、来たな。申し訳ないんだけど、またご指導頼むわ。お土産に味噌2㌔くらいやるからさ。」

「いらんよ。2㌔の味噌なんてもらっても、使い切るのに何年もかかりそうだ。」

森は事務所の奥に間仕切られている応接スペースに通された。すると、熊川と共に紺色の作業着とスラックス姿の壮年の男性がやってきた。

「熊川味噌本舗㈱代表の熊川冬至です。うちの息子にいろいろと教えて頂いているようで助かります。」

「いえいえ、私も春樹君から御社の状況をお伺い出来て、大変勉強になっております。」

この人が熊川の父親か…と森は思った。綺麗な白髪がきちんと整っていて、ずんぐりむっくりの熊川とは対照的に細身で清潔感のある社長だ。

「早速ですが、本日お伺いした件についてお話したいと思います。春樹君には当社の事務所にお越しいただいて中小企業の現状や取り組みについて講義のようなものをして参りましたが、今回は中小企業に関する法律や施策について社長にもお話を聞いて頂ければと思います。すでにご存知の内容もあるかと存じますが、御社の経営の実務に役立つ施策もあると思います。」

熊川の父親は破面して熊川と森を交互に見た。

「いやぁ、実は春樹の大学の同級生と聞いて、どんなチャランポランかと心配していたんです。ちゃんとした診断士の先生のようで安心しました。」

「親父、いまは俺も仕事を頑張ってるし、こいつだって昔はチャランポランだったんだぜ?」

熊川が弁明する。

「同じチャランポランでも、私はめんどくさがり屋で、春樹君は生真面目です。だからこの会社の事も真剣に考えています。」

熊川の父は黙ってうなずいた。

「では、中小企業の施策の前に基本的な法律をおさらいします。それは中小企業基本法と言います。中小企業基本法の目的は国および地方公共団体の責務などを規定することにより、中小企業に関する施策を総合的に推進し、国民経済の健全な発展および国民生活の向上を図ることです。」

「中小企業だけの法律っていうのがあるんだな。」

熊川は目を丸くした。

「こないだ居酒屋でも話したが、日本の企業の99.7%は中小企業だ。中小企業基本法はほとんどの会社の基礎となるものと考えていい。中小企業基本法の基本理念は中小企業を「多様な事業の分野において特色ある事業活動を行い、多様な就業の機会を提供し、個人がその能力を発揮しつつ事業を行う機会 を提供することにより我が国の経済の基盤を形成しているもの」と位置づけている。 多数の中小企業者が創意工夫を生かして経営の向上を図るための事業活動 を行うことを通じて、1)新たな産業の創出、2)就業の機会の増大、3)市場に おける競争の促進、4)地域における経済の活性化など我が国経済の活力の維持と強化に果たすべき重要な役割を担うことを期待している。 このため、国は「多様で活力ある中小企業の成長発展」を実現するために、独立した中小企業者の自主的な努力を前提としつつ、①経営の革新および創業の促進、②経営基盤の強化、③経済的社会的環境の変化への適応の円滑化を図るため、 中小企業に関する施策を総合的に策定し、実施する責務を有するとしている。」


「なんだか、国からすごい期待されてるみたいだな笑。」

「当たり前だ。いまや中小企業は日本の産業の礎。法によって救済するのではなく、新しいものを生み出すパイオニアなんだ。金融機関の貸出金額が増加しているのも、そういう期待の表れなんだろう。歴史と伝統を守るだけじゃなく新しい挑戦が必要なんだ。」

「と、今のが基本理念です。基本理念を踏まえた基本方針が4つあります。その一つ目が、1 経営の革新および創業の促進(ならびに創造的な事業活動の促進): 経営の革新の促進、創業の促進、創造的な事業活動の促進は、中小企業の行う事業活動の中でも特に新たな価値を生み出す可能性が高い活動である一方、さまざまな課題に直面することが多い活動と考えられるため、積極的に支援することとしている。です。」

「たしかに、産みの苦しみではないが、経営革新や創業には課題がつきものだ。」

熊川の父が頷いた。

「次に、2 中小企業の経営基盤の強化 :中小企業はその規模ゆえに自らの有する経営資源が乏しい上、経営資源を確保する際にも困難が伴うため、中小企業の経営資源の補完を図るための施策を講ずるとともに、中小企業が市場で活動する際に不当に不利な扱いを受けることのないよう公正な市場の確保に努めることなどを通じて中小企業の経営基盤の強化を図ることとしている。」

「うちの会社はあまりないけど、下請の会社とか不当な扱いを受けている会社はたくさんあるだろうな。」

熊川が腕組みをして溜息をつく。

「御社はそんなことはないと思いますが、取引先から材料を相場よりも高い値段で仕入れなければならなかったり、逆に安い値段で卸すように圧をかけたり。そんなことはたくさんあります。では、次に3番目の指針です。3 経済的社会的環境の変化への適応の円滑化 : 貿易構造の変化、大規模な天災、人災等の中小企業の責に帰すことのできない不測の事態等の経済的社会的環境の変化によって、中小企業者は大きな影響を受 け、事業活動に著しい支障が生じるおそれがある。このような事態の発生により、 多数の中小企業者が倒産する等の事態が発生することは国民経済的に望ましくない ため、セーフティネット的な措置を講ずることとしている。」

「セーフティネットって、具体的にどんなことをしてくれるんだろうな。ここだって震災で少なからず被害を受けた。もう1度あんな災害に見舞われたらひとたまりもない。」

森は熊川の方を見た。

「そうか。ここも被災したんだったな。いまから詳細については説明するが、震災やコロナでつぶしてしまうわけにはいかない中小企業がたくさんあるんだ。熊川味噌本舗のようにね。」

森はPCの画面をスクロールする。

「最後の4つめの指針です。4 資金の供給の円滑化および自己資本の充実:  上記3つの基本方針の柱の土台(梁)として規定されている。」

「春樹君には先日お話したのですが、ここで中小企業の定義を確認していきます。これが中小企業者の範囲です。」

「中小企業の中でも小規模事業者という単位があって、常時使用する従業員の数が20人以下(商業(=卸売業、小 売業、飲食店)・サービス業は5人以下)の事業者の事業者のことを言います。」

「うちは小規模事業者に分類されるね。」

熊川社長が自身の会社のことを振り返るように頷きながら答えた。

「次に、中小企業基本法の中でよく使われる用語についてです。人によって定義が異なるので、中小企業基本法における定義を確認していきます。まずは経営の革新。経営の革新とは、新商品の開発または生産、新役務の開発または提供、商品 の新たな生産または販売の方式の導入、役務の新たな提供の方式の導入、新たな経営管理方法の導入その他の新たな事業活動を行うことにより、その経営の相当程度の向上を図ることです。」

「売上や利益を増やすことは経営の革新とは言わないんだな。」

「中小企業基本法においてはね。次に、創造的な事業活動創造的な事業活動とは、経営の革新または創業の対象となる事業活動のうち、著しい新規性を有する技術または著しく創造的な経営管理手法を活用したものである。いわゆるベンチャー企業の事業活動といえる。」

「新規性を有する技術に関してか…。うちにも関連してくるかもしれんな。」

「最後に経営資源です。経営資源とは、設備、技術、個人の有する知識および技能その他の事業活動 に活用される資源のことを指します。」

「知識や技能も経営資源に入るのか。」

熊川はうなるように腕を組んで考えていた。

「そうだ。有価証券や不動産だけじゃなく、職人の技やノウハウが無ければ経営は出来ない。次に中小企業の大部分を占める小規模企業の基本理念だ。 中小企業の多様で活力ある成長発展にあたっては、小規模企業が、地域の特色を生かした事業活動を行い、就業の機会を提供するなどして地域における経済の安定ならびに地域住民の生活の向上および交流の促進に寄与するとともに、創造的な事業活動を行い、新たな産業を創出するなどして将来における我が国の経済および社会の発展に寄与するという重要な意義を有するものであることに鑑み、独立した小規模企業者の自主的な努力が助長されることを旨としてこれらの事業活動に資する事業環境が整備されることにより、小規模企業の活力が最大限に発揮されなければ ならない。

「地域における経済の安定。地域住民の生活の向上か。会社が売上を上げるだけでなく、従業員の雇用や商品を提供することによって地域に貢献できるのは小規模事業者かもしれないね。」

「仰る通りです。小規模事業者は中小企業の8割強を占めています。地域の産業を支えているのは全国の小規模事業者です。」

「居酒屋でもその話を聞いて、使命感が湧いてきたな。」

笑わずに熊川が答える。

「中小企業基本法では「小規模企業に対する中小企業施策の方針」を定めている。①小規模企業が地域における経済の安定ならびに地域住民の生活の向上および 交流の促進に寄与するという重要な意義を有することをふまえ、適切かつ十分 な経営資源の確保を通じて地域における小規模企業の持続的な事業活動を可能 とするとともに、地域の多様な主体との連携の推進によって地域における多様な需要に応じた事業活動の活性化を図ること。 ②小規模企業が将来における我が国の経済および社会の発展に寄与するという重要な意義を有することをふまえ、小規模企業がその成長発展を図るにあたり、その状況に応じ、着実な成長発展を実現するための適切な支援を受けられるよう必要な環境の整備を図ること。 ③経営資源の確保が特に困難であることが多い小規模企業者の事情をふまえ、 小規模企業の経営の発達および改善に努めるとともに、金融、税制、情報の提 供その他の事項について、小規模企業の経営の状況に応じ、必要な考慮を払うこと。」

「そうは言ってもねぇ。手厚い支援を受けているという実感はないなぁ。それに中小企業全体の方針との違いが分からないが…。」

「そうですよね。この図が中小企業基本法と小規模基本法の方針の違いです。」

「これだけを見ると、中小企業は生き残りを支援するが、小規模事業者は地域のためにもっと頑張れと言われているような方針に見えるね。」

熊川社長が眉間に皺を寄せる。

「たしかにそう見えなくもないですね。中小企業基本法における用語で創造的な事業活動の内容をお話しましたが、小規模事業者の中にはフリーランスや独立したての事業者の割合が多いため、このような方針になっているんです。これが小規模基本法の理念と方針を体系化したものです。」

「確かに、目標の上2つと重点施策は新規事業者向けの施策だね。そういえば、取引先でも後継者がいないという理由で会社をたたむところが増えてきた。創業や事業継承を推進しなければ、関連する企業も経営がうまくいかなくなってしまう。」

「そうなんです。中小企業基本法の目的は国民経済の発展と国民生活の向上です。そのために新しい事業を増やし、変化に対応していくことが求められています。中小企業基本法とは別に中小企業憲章というものがあります。これは、意欲ある中小企業が新たな展望を切り拓けるよう、中小企業政策の基本的考え方と方針を明ら かにした政府の決意表明です。」


「そして、以下が中小企業憲章の基本理念です。■中小企業は、意思決定の素早さや行動力、個性豊かな得意分野などの多種多様な可能性をもつ。経営者は、企業家精神に溢れ、自らの才覚で事業を営みながら、家族のみならず従業員を守る責任を果たす。 ■中小企業は、社会の主役として地域社会と住民生活に貢献し、伝統技能や文化の継承に重要な機能を果たす。中小企業は、国家の財産ともいうべき存在である。」

熊川親子はそれぞれに自分たちの仕事がどのようにあるべきかを考えた。

「家族のみならず従業員を守る責任を果たす…中小企業は国家の財産とも言うべき存在…か。当たり前のことだけど、改めて言われると胸に手を当てて考えたくなるな。」

熊川が自嘲気味に言った。

「何を言ってる。長きに渡って熊川味噌本舗は社長や先代がそれを守ってきたじゃないか。」

「そうだぞ。だが、守ってるばかりでは脳が無い。私たちはこの伝統を引き継ぎ、地域に新しいものを作っていかなきゃならない。」

熊川社長は少し震えた声で力を込めて話した。

「次は、これまでの基本理念を実現するための具体的な施策をご紹介していきます。」


小さき者たちのMeasures

「まずは中小企業の金融対策です。ここでは中小企業の融資、信用補完制度、自己資本の充実が大きな柱となっています。」

森はお茶を一口飲み、真剣な面持ちで話を続けた。熊川味噌本舗の発展が少しでも進めばいいと森は思い始めた。

「中小企業の資金供給の多くは借入れに依存しています。中小企業を取り巻く金融情勢は厳しく、セーフティネット貸付・保証などの充実や流動資産に対して債務保証を行うなど資金供給の多様化に関する施策が行われているんです。」

熊川社長が腕を組んで天を仰いだ。

「まったくその通りですよ。うちなんかは、長年やってきているから融資も受けやすい。しかし、原材料費や経費が上がれば借入をしていかないと立ち行かなくなる。」

「御社のように、物理的に設備や仕入が必要な業態では特にそうかも知れませんね。具体的な施策をいくつか紹介していきます。■ 株式会社日本政策金融公庫 株式会社日本政策金融公庫法に基づき、一般の金融機関が行う金融を補完するこ とを旨としつつ、国民一般、中小企業者および農林水産業者の資金調達を支援するための金融の機能等を促進し、もって我が国および国際経済社会の健全な発展ならびに国民生活の向上に寄与することを目的に設立された全額政府出資の金融機関です。令和5年3月31日現在、全国に152支店を設置されています。日本政策金融公庫は、小規模企業や創業企業等への事業資金の融資を行う国民生活事業や、中小企業の事業の振興に必要な資金であって、民間金融機関が供給することが難しい長期固定金利の事業資金を安定的に供給する中小企業事業等を行っています。 貸付方法は、公庫の本支店で融資を行う直接貸付と、代理店の窓口から融資する代理貸付があります。」

「日本政策金融公庫は長年うちも利用させてもらってる。」

「次に、■商工組合中央金庫(商工中金)株式会社商工組合中央金庫法に基づき、中小企業等協同組合その他主として中小規模の事業者を構成員とする団体に対する金融の円滑化を図るための金融機関であり、政府出資と所属資格のある団体の出資金から成り立っています。令和4年9月 30日現在、国内102店舗、海外4店舗が設置されています。なお、令和7年6月16 日までに完全に民営化される予定である。」

「商工中金が民営化?政府出資の金融機関ではなくなるということか?」

熊川社長が目を見開く。

「そうです。どのように変わっていくのかは分かりませんが、民間金融機関と連携して中小企業の支援拡充することをお題目にしていますから、中小企業にとっては追い風になるかも知れません。あと、これは御社は該当しないかと思いますが、信用補完制度というものがあります。信用保証制度と信用保険の2つからなる制度で、担保力や信用力が不足する中小企業者への事業資金の融通を円滑化することを目的に、中小企業の信用力を補完する制度です。 」

「この図を見て頂くと分かると思いますが、それぞれの精度の概要をお伝えします。■信用保証制度  民間金融機関からの借入れが困難な中小企業者に対して、信用保証協会が保証料を徴収して債務保証を行い、金融機関が融資する。その後、万が一債務の返済が困難になった場合には、中小企業者に代わって信用保証協会が代位弁済(保証債務を履行)する。代位弁済を行った後は、信用保証協会に求償権が発生し、信用保証協会が中小企業者から債権回収を行う。財務内容その他の経営状況等を勘案して、借入金額に対しおおむね0.45%から 2.2%の範囲で各都道府県等の信用保証協会が保証料率を決定する。保証割合は、原則として80%となっています。」

「創業したての会社や規模が小さい会社は民間から借入するのも大変だもんな。」

「そういう事だ。どんなに良い事業でも金がないと経営基盤は作れない。次に■信用保険について。中小企業信用保険法に基づき、信用保証協会が日本政策金融公庫との間で、保証債務についての保険契約を締結し、保険事故発生(信用保証協会が代位弁済をし た)の場合は、日本政策金融公庫から保険金(原則として代位弁済額の70%または80%)が支払われる」

「なんか信用保証制度と似てるな。」

熊川はPCの画面を凝視した。

「信用保証制度は民間金融機関と信用保証協会間の制度なのに対して、信用保険は信用保証協会と日本政策金融公庫とのやり取りだ。実際に融資をするのは民間金融機関だから、この制度自体は外側からはあまり見えないかも知れない。ちなみに、■信用保証協会とは、中小企業の事業資金の融通を円滑にすることを目的に信用保証協会法に基づき設置された認可法人で、全国51か所(各都道府県+横浜、川崎、名古屋、岐阜の 各市に1つずつ)にある。」

「これはこれでハードルが高そうな感じがするなぁ。」

「これだけならな。中小企業向けの金融施策はこれだけじゃない。日本政策金融公庫が行っている主な融資制度を紹介する。」

森はPCで資料を展開した。

「まずは、■セーフティネット貸付制度。 一時的に資金繰りに支障をきたしているが、中長期的には回復が見込まれる中小 企業・小規模事業者に対する融資制度である。日本政策金融公庫が行う。 図表2-2-3のように、経営環境変化対応資金、金融環境変化対応資金、取引企 業倒産対応資金ごとに対象者が異なる。」

「これがさっき森が言ってたセーフティネットか。取引先企業の倒産による経営難も支援してくれるのか。」

熊川は感心したように画面を見つめた。

「そうだ。会社は人間のように一人で生きていけないんだ。次に、■新創業融資制度これから創業する者や税務申告を2期終えていない者に対して、事業計画(ビジ ネスプラン)等の審査を通じ、無担保、無保証人で融資する制度である(ただし、 法人の代表者等が連帯保証人となる場合は、利率が低減される)。日本政策金融公 庫(国民生活事業)が行う。対象となるのは次の通り。①新たに事業を始める者、または事業開始後税務申告を2期終えていない者 ②新たに事業を始める者、または事業開始後税務申告を1期終えていない者 は、原則として、創業時において創業資金総額の10分の1以上の自己資金を 確認できる者ただし、「現在勤めている企業と同じ業種の事業を始める者」等に該当する 者は、自己資金要件を満たすものとみなす場合がある。この2つを満たす必要がある。」

「無担保、無保証人か。政府が中小企業の新規事業に対して力を入れていることが分かるね。これなら若者もチャレンジしやすい。」

「熊川社長、創業や新規事業は若者だけがするものではありません。KFCのカーネル・サンダースがケンタッキー・フライド・チキンを事業化したのは還暦を過ぎてからですよ。日本政策金融公庫では、こんな融資制度もあります。■女性、若者/シニア起業家支援資金 女性(注:年齢制限なし)、若者(35歳未満)、高齢者(55歳以上)の者であっ て、新規開業しておおむね7年以内の者を優遇金利で支援する制度である。日本政 策金融公庫(中小企業事業)が行うというものです。」

「貸付限度額が7億2,000万って…。」

「誰にでも門は開かれているってことだよ熊川。日本金融政策公庫の金融施策はまだある。■セーフティネット保証制度 取引先の倒産、自然災害、取引金融機関の経営合理化等により経営の安定に支障を生じている中小企業について、一般の保証枠と別枠で保証を行う制度である。 経営の安定に支障を生じているか否かの認定は、事業所の所在地を管轄する市町村長(または特別区長)が行う。」

「これも御社が利用する可能性がある制度ですが、■流動資産担保融資保証制度(ABL保証制度) 中小企業者が保有している売掛債権(売掛金債権、手形債権、電子記録債権、割賦販売代金債権、運送料債権など)や棚卸資産(在庫)を担保として金融機関が融資を行う際に債務保証を行う制度です。」


「保証期間が1年というのは少々ネックだが、売掛債権を担保に融資が受けられるというのはありがたい制度だ。」

熊川社長が膝をたたいた。

「融資にはそれぞれ条件がありますので、ご利用になる際は私や当該部署で要件を確認してください。ここまでは融資や借入についてお話しましたが、実は、中小企業の自己資本を増やすための投資の施策もあるんです。」

「え?中小企業に投資してくれる制度があるのか?」

「そうだ。これからそれを説明する。まずは…」

森が話し始めたところで、応接スペースにお盆を持った一人の老婆が入ってきた。

「ばあちゃん!余計なことしないで家でゆっくりしてなって!」

熊川はそう言いながら、老婆からお盆を取り、姿勢を支えている。

「あんたら、何やら難しい話をしてるみたいだから、キュウリでも食って頭冷やしながらやりんしゃい。」

そう言うと、老婆は、務所の従業員に個包装の甘納豆を配りながらゆっくりと事務所を出ていった。

テーブルには、青々としたキュウリに鮮やかなもろみ味噌が添えられていた。


小さき者たちのCapital

熊川社長の母が作ったもろきゅうは、瑞々しい歯ごたえと、コクのあるもろみ味噌がぴったりだった。森はもろきゅうをパリポリと齧りながら、ビールと冷酒のことを考えていた。

「社長のお母さまもご健在とは。麹のパワーでしょうかね。」

「今年で87になります。戦争も経験してますからね。タフなんですよ。」

熊川ももろきゅうを齧っていた。

「ああやって動いてないと落ち着かない質なんだよ。車で送ってくって言ってんのに、毎日何キロも歩いて病院と接骨院の行ってんだぜ?そんなことより、さっき言ってた投資制度の話を聞かせてくれよ。」

「おお、そうだったな。すっかりもろきゅうに夢中になってしまった。■中小企業投資育成株式会社という。中小企業投資育成株式会社法に基づき、中小企業の自己資本の充実を促進し、そ の健全な発展を図るため、中小企業に対する投資などの事業を行うことを目的とし て東京、名古屋、大阪に設立された政策実施機関である。地方公共団体、各種金融機関、保険会社、証券業界および地元有力企業の出資などの協力により運営されている。投資の対象となる条件は、原則として、資本金の額が3億円以下の株式会社(または資本金の額が3億円以 下の株式会社を設立する者)が対象。投資の種類は①株式(設立に際して発行される株式や増資に際して発行される株式)の引受け ②新株予約権の引受け ③新株予約権付社債の引受け。」

「なるほど。これも良い制度だけどハードルは高そうだね。」

熊川社長は再度PCの画面を見る。

「株式や新株予約権付社債を発行していますので、しがらみは多くなる可能性はあります。その反面、出資者から人材育成や指導を受けられるという特典つきです。仰る通り、審査は大変厳しいらしいですが、国策企業としての信用アップの恩恵も多々あるとのことです。」

「育成という点では、■投資事業有限責任組合というのもあります。中小・ベンチャー企業に対するリスクマネーの供給を円滑にするために、投資事業有限責任組合契約に関する法律により規定された組合である。中小・ベンチャー 企業の株式などに投資を行っている投資事業組合が民法上の組合の場合、組合事業 の執行に携わらない組合員までが無限責任を負わなければならないのですが、本法により 組合事業の執行に携わらない組合員の責任を有限責任にすることで、年金資金や海外投資家からの資金供給を促進するねらいがあります。」

「森さん、素晴らしい制度がたくさんあることは分かりましたが、創業やベンチャーに関する制度が多いですね。既存の中小企業を支援する施策はないんでしょうか?」

「もちろんあります。次は税制や企業経営の内部についてお話しようと考えていました。」

その時、入口の方から「あぁ、大丈夫大丈夫~」という熊川の祖母の声が聞こえた。熊川の祖母は木目が美しい器に入った味噌汁をテーブルに置いた。

「いま、ご飯と魚持ってくるからさ。ごはん食べてから続きをやりんしゃい。目玉焼きもあるからさ。食べ終わったら、食器はその辺に置いててもらっていいからさ。」

「ばあちゃん…ゆっくりしてなって。」

熊川が祖母に注意を与えていると、熊川社長はテーブルに配膳を始めた。

「森さん、仙台味噌あまり召し上がったことないでしょう?是非食べてみてください。経営状況を見て頂くには、うちの商品の味を知ってもらうことも必要です。母ちゃん、目玉焼きもたのむわ。」

熊川の祖母は「あいよ~」言いながら、またヨタヨタと同じ敷地内の母屋へ戻っていった。

「遠慮なく頂きます。」

森は手を合わせた。


続く



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