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取締役による飲食費等の経費の不正支出と会社に対する責任(&行動経済学)

取締役は、会社に対して善管注意義務(会社法330条、民法644条)、忠実義務(会社法355条)を負っている。

特に中小企業において、取締役が飲食代等私的に費消したとも思しき費用を会社の経費に計上することがよく見受けられる。
かかる経費計上については、少数株主から提訴請求ないし代表訴訟が提起される形で、その適法性が問われることがある。

どこまでが必要な経費でどこからが個人的な支出と認定されるのかは、一言でいえば事案によりけりであり何ともいえないが、裁判例をひとつ紹介し、最後に行動経済学の書籍に書かれていたことが面白かったのでちょっと引用する。

裁判例

判例集非登載の裁判例であるが、東京地判平成17年5月31日(判例秘書L06032102)の事案は、一般的によくありそうな事案なので、紹介してみる。

会社代表取締役(代表訴訟の被告。以下「代取」という。)は、平成11年から14年までの間に、
・飲食代金等 623万2667円
・携帯電話料金 109万3650円
・ガソリン代等 142万7647円
・その他 272万6485円
の合計1156万4039円を支出し、経費計上した、という事案である。

例によって、代取は、「業務遂行に必要な支出として支払ったものである」と主張している。

裁判所は、「株式会社は、営利を目的とする組織であるから、新たな取引と顧客を獲得したり、経営に有益な情報やアドバイスを得るために、一定の範囲で交際費を支出することが許容されることはもちろん、取引先との打合せのときなどに、社会的儀礼の範囲内で接待をしたりすることも許される余地がある」などと述べた上で、以下のとおり説示している。

取締役の損害賠償責任の有無を判断するに当たっては、企業規模、営業形態、交際費等を支出する役職等の要素を考慮しつつ、一定規模の交際費等については、証拠上、不当な支出であると窺われない限りは正当な支出であると推測し、一定範囲を超えるものについては、具体的にその正当性を説明する必要があるとするのが相当である。

東京地判平成17年5月31日(判例秘書L06032102)

その上で、本訴訟の代取が異業種交流団体の会合に参加することは相当であるとし、他方、①1年間で3000万円から4000万円台の売上に対して2000万円程度の交際費等の金額は些か大きいのではないかと思われること、②新商品の発想を得たり取引先を開拓したりする目的で使用するのは如何なものかと感じられるものも少なくないこと
から、様々な知人との個人的交際の費用や代取の個人的な支払に充てられたものも含まれているとみるのが妥当である
と説示している。

ただ、「どの支出が被告の個人的費消であったか、厳密に特定することは困難であり、結論としては、これらの支出については、一定の割合で被告が個人的に費消したとみるのが相当である」とし、

民事訴訟法248条の趣旨に鑑み、上記諸事情を総合考慮して、その割合を阻害会社の支出全体の4割と認める

東京地判平成17年5月31日(判例秘書L06032102)

という割合による認定を行った。民事訴訟248条は、「損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるとき」に、裁判所が、「口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定すること」を認める条文である。

「この会食は誰と何のために行ったのか」と求釈明しても、代取は「そんな過去のことを覚えている筈がない。きっと取引先とだ」などと説明し、少数株主の立証活動に行き詰まることがよくある。少数株主側は、訴訟の開始時には、総勘定元帳程度の資料しかなく(会社法433条)、代取側が訴訟において提出するにしても領収書程度だと思われるが、上記裁判例によれば、売上に対する支出額の割合、領収書や総勘定元帳から分かる怪しげな店名が分かれば、一定額が認容される可能性があるという意味で、困難な立証が強いられる訳ではない(ただ、地裁レベルの判断であることを指摘しておく。)。

行動経済学の視点

行動経済学に関するダン・アリエリー「予想どおりに不合理」において、「たいていの不正行為は現金から一歩離れたところで行われている」「不正行為は現金から一歩離れたときにやりやすくなる」と説明されていることが興味深かった。

……ひとつ質問したい。あなたの奥さん(あるいはご主人)が職場に電話をかけてきたとする。明日、娘の学校で赤鉛筆が必要らしく、帰りに一本よろしくと頼まれた。あなたなら、娘のために職場の備品を持って帰るのに違和感を覚えるだろうか。……
もうひとつ質問しよう。職場には赤鉛筆がなかった。しかし、建物の下にある売店にいけば10セントで買うことができる。オフィスの小口現金用の現金箱はいつもあいたままになっていて、そばにはだれもいない。あなたなら、現金箱の10セントを持って赤鉛筆を買いにいくだろうか?手元には小銭がないためその10セントが必要だとしよう。そのお金を平気で使うだろうか。べつに問題はないだろうか。
あなたのことはわからないが、わたしの場合、赤鉛筆を職場から持って帰るのはわりあい簡単だが、お金を失敬するのはかなりむずかしい……。

ダン・アリエリー著・熊谷淳子訳「予想どおりに不合理」406頁

書籍では、上記のほかにも、実験対象者らにある問題に答えてもらって、正解数に応じて現金を交付するグループと現金引換券を交付するグループに分けたとき、後者の方が圧倒的に正解数の不正な申告が行われたという実験結果についても説明されている。

職場の金を横領・窃取するのは難しいが、同じ金額でも、Excelの数値をいじった不正会計や飲食における領収書という現金から一歩ないし数歩離れたところで、不正な経費支出は行われやすい。


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