2003.10.15: 北京(九華山庄)
2003年10月15日 九華山庄
7月に引き続き北京行き。
今回はセミナーを開催するための北京だ。成田から前回と同じ便で北京入りする。北京空港の出口は出迎え相手の名前や企業名が書かれたプレートを掲げた人で一杯だ。その人垣の奥の方で7月にもお世話になったハイヤーの運転手張さんが私の名前を書いた画用紙をかざしている。
空港からセミナー会場・宿泊先の九華山庄国際保健倶楽部(Jiuhoa SPA & Resort)まで1時間ほどの距離だが、道路や高層住宅群の建設工事がいたるところで進んでいる。九華山庄は7月にも利用した施設だ。
数日前に北京市内の気温が4℃まで下がったので暖かくして来るようにとの北京からの忠告に従って身支度をしてきたが、気温が下がったたのはその週だけだったようだ。日差しには未だ力強さが残り、空は夏の名残をとどめている。成田の方がよほど気温が低かったように感じる。着て来たジャケットが邪魔だ。
広すぎる九華山庄だがフロントに寄ることもなく(チェックインせずに)私達が宿泊することになっているらしい、第五区五号館の前まで張さんが車を乗り入れてくれた。7月に宿泊した建物と同じだ。車から荷物を降ろしてビルさんの部屋を覗くとセミナーの資料を整理していた。彼にフロントまで一緒に行ってもらいチェックインを済ませる。ついでに後から三々五々到着するであろうセミナー参加者が泊まる部屋の確認をする。第五区3号館、4号館、5号館が私達の泊まる場所だ。
第五区の前から第三区方面を見通すと、突き当たりを右に行けばフロントや山門のある五大殿に行きつくのだが、突き当たりが見えないくらい広い。
第五区のすぐ隣には音楽噴泉と名付けられている池と娯楽センターがある。
7月に来たときはここまで来なかった。娯楽センターから五大殿の真裏にあたるビアガーデンまで池の縁を回廊が巡っている。池を前にした娯楽センターには中華レストラン、プール、ボーリング場、ナイトクラブ、温泉療法センターが入っている。
夕食の後、部屋に戻るとすぐ近くで大きな爆発音が響く。打ち上げ花火のようだ。外に出て昼間歩いた娯楽センターの方に出てみる。火薬の臭いと一緒に細かくちぎれた花火の殻の残骸が降ってきた。音楽噴泉の中から打ち上げられた花火が空の低い所で大きく開いている。娯楽センターがライトアップされており、池の縁を巡る回廊の屋根もイルミネーションで飾られていた。
五粮液 (Wuliangye) を探して第九区にあるショッピングセンターに出かけたが見つからなかった。店の職員が言うにはショッピングセンター裏手にある大連海鮮餐庁に行けばあるという。最初に見つけた大連海鮮餐庁の看板が掛かっているドアを開けると客はいない。どうやら閉店の準備をしているようだ。そういえば10時を少し廻っている。店の奥にいる制服を着た女性を捕まえて何度も「ウーリャンイェ」が欲しいと言ってみたがなかなか通じない。
厨房から出てきた若い男性がようやく分かってくれたが別の店にあるという。最初に応対してくれた女性が黙ってついてこいという仕草で店を出て廊下を曲がり階段を上ってもう一つの大連海鮮餐庁と看板のかかったドアに入ってゆく。ここも既に客はいない。この店の一番奥にいる黒いスーツ姿の女性に何か告げて彼女は出ていってしまった。フロアスタッフが周りに集まってきて口々に何か言うのだがさっぱり分からない。
黒いスーツを着たマネージャー嬢がカウンターの中に声をかけると戸棚を開けて見覚えのあるプラスチックのケースを出してカウンターに載せてくれた。この五粮液は食事に来た人達の注文に応じるために用意してあるもののようだ。1本520元だという。400元位なら2本買うと持ちかけたが、これ以上は安くできないとマネージャー嬢が申し訳なさそうに言う。いくらなんでも高すぎるので買うのを止めた。帰国時に北京空港で見つけた同じ五粮液は420元だった。
暗くなった階段と廊下をたどり外に出て、なんとか第五区の部屋にたどり着いた。
夕食の時にもらってきた飲み残しの紹興酒を一人で飲む。なんと半分以上が残っていて、瓶が空になる頃にはいいあんばいに出来上がり、ベッドに入った。美味しい酒だったが部屋の電話機の調子が悪くて同好の士を呼ぶことができなかった。
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