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2月26日「なんてこともなく」

24歳になった。自分が24歳になるなんて思わなかったけど、音も立てず、なにも変わらないまま、24歳になってしまった。とりあえず残すことに意味があると思うので、殴り書きのように、何も考えずに日記を綴ってみる。

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日付が変わった瞬間、大学の友人2人と電話をしていた。25日の夜に「暇? 電話せえへん?」と、最近あんまり話せていなかった人からLINEがきて、珍しいなと思いつつ、私も面白いくらいに暇だったので電話をかけたのだった。誕生日だから電話してきたんか? なんて最初は思ったけど、彼らが私の誕生日を覚えてるわけないと知っていたので(泣き)「てか明日、誕生日なんだけど」と自分から申し出たくらいだ。「そういえばそうじゃん! おめでと〜」くらいのテンションで電話は続き、「てか明日姉ちゃんの結婚式で」とか「明日じいちゃんの命日で」とか、それぞれの2月26日について話し合った。あたりまえだけど、私たちの時間はそれぞれ違う意味を持つのだな、と改めて思ったりした。

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お昼は地元の友達が迎えに来てくれて、ごはんを食べに行った。もう24歳だよ〜やばいよね、でもさ、25歳はもっとやばいよね、アラサーじゃん、なんて言い合いながら。もちろん、アラサーなんて言葉になんの意味もないことをわかっているけど、やっぱり一つ数字が増えるごとに、何か重しが増えていくような気がしてしまうのだ。それは自分自身が重くなり沈んでいくような感覚でもあるし、自分を外的に押さえつける何かであるような気もする。

話は逸れるけど、時代にそぐわない感覚を、未だにたくさん持っていることを自覚している。でも、言わないだけでみんなもそうなんじゃないかと思う。若さは強さ、みたいな歳についての感覚もそうだし、体を壊すまで働くことを美学だと少し思っている節もある。「生きているだけで偉い」という言葉に対しては「そんなわけないだろ」とずっと思っているし、不自由なく苦労なく生きてきたことに対しての、申し訳なさと劣等感も少しずつ持ち合わせている。世界で戦争がおこっていても、私はどうやってどんな顔してどんな言葉で平和を願えばいいのか、考え続けているけどわからない。

自分がどうしてこうなったのかわからないけど、私がどのようにこうなってきたかを見ている人がいるのはおもしろいなと思った。お昼ごはんを食べたあと、小中の友人(といっても、最後にちゃんと話した日さえ思い出せないような)の家に(謎に)お邪魔して、みんなでケーキを食べたりした。今どこでなにをしているのかも知らないくらいなのに、私が10歳のときに誰と仲が良かったとか、14歳のときに誰のことを好きだったとか、そういうことはほとんど知られているのだ。疎遠になっていた人ですらそうなのに、ずっと仲が良い友人に関しては、私が忘れている私のことを覚えていたりするからもっとおもしろい。

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夜、家族で焼肉に行った。嬉しかったけど、私は家族で外食するのがとても好きじゃなくて、それはわりと幼い頃から感じていた感覚だった。当時は反抗期とか思春期のそれかと勝手に思っていたけど、この歳になってもやっぱり変わらないので、ああこれは違和感だったのだなとようやく理解した。私は特に父方の祖母と話すのが得意じゃなくて、それは性格の不一致だと思っていたのだけど、そうじゃないかもしれないと最近気がついた。圧倒的な男性優位社会で生きてきた祖母の言葉の節々に見える諦めが、私はとても好きじゃなかったんだなと理解したのだ。そんな祖母に育てられた父が勘違いしている当たり前と、母の失望のすべてが、他人と触れ合うことで可視化されてしまい、私はそれに苛立ってしまうのだった。幸い、焼肉は美味しかった。

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夜に大学の友人から、誕生日おめでとう、忘れてるわけないじゃん〜みたいなメッセージが届いた。本当か? と少し笑ったけど、忘れるほうが難しいだろうなとも思った。24日に24歳になった彼女に、ちょうど一昨日メッセージを送ったばかりだったし、大学にいたときは毎年一緒にお祝いしていたから、今はなんだか自分の誕生日が、彼女の誕生日とセットになってしまったような気がしている。「健康で、自分を大切に。強くいてね、自分を信じて。私たちは違う困難に立ち向かわなきゃいけないけど、お互いに乗り越えられるって私はわかってるよ。またすぐに会おうね」と、普段の彼女らしくなく、でもとても彼女らしい言葉をもらって、ああ24歳になったのだなと、なんだかそこで初めて実感したような気がした。


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