見出し画像

【短編小説】進めない、進む

我先にと争うようにけたたましく鳴く蝉達の声を除けば、ここは本当に静かなところだ。
手頃な場所に腰掛けてギリギリ地面に届かない足をブラブラさせていると、またあいつがやってきた。

「よぉ。久し振り」

またキミか。この時期になると毎年1人でくるよね。友達とかいないの?
僕がそう問いかけると、あいつはふっと笑ってみせた。
「お前が生きてたらきっと、いつまでも昔のこと引きずって生きるなー!とか言うんだろうな」

また訳の分からないことを言っている…。
この男は毎年夏頃にここへ1人でやってきては、僕の前で誰だか分からない人との思い出らしいことを語って花を置いて去って行く。何がしたいのかさっぱり分からないから、正直少し不気味だ。

けれど僕自身、ここにずっといると退屈でしかないしいつも聞き手側だから、話をされること自体は苦ではない。

「正直な話、まだ信じられてない部分もあるんだ…10年前、お前だけが亡くなってしまったなんてさ。あの時俺がキャンプなんか計画しなければ…って、今でも後悔してるよ」
その話、もう耳タコなんですけれど。他にネタ仕入れてきてないわけ?

僕がそう零すと、あいつが急に顔を上げる。

「でも俺の周りのあいつらは違う。みんな少しずつだけど前を向き始めてるんだ
凄いよな…忘れずに、尚且つ前を向いて歩こうとすること自体がこんなに大変なのに」
そこまで言い終わると、あいつは踵を返した。

「だから俺も、いつまでも引きずらないように頑張って生きるよ。吹っ切れるまでここにはこない
沢山悩んでそう決めたんだ」

あいつは背を向けたまま、僕から遠ざかっていく。
やがてあの男の背中は小さくなり、すぐに見えなくなった。

何だかよく分からないけれど…話し相手がしばらくいなくなるのか。
そう考えると、何故かひとつまみ程の辛さと少しの期待がごちゃ混ぜになったような感情が湧き上がってくる。

今度はみんなときなよ。

知らない内に、そんな風に声を上げていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?