【短編小説】涼
「風鈴の音ってさ、何で聞こえるだけで涼しく感じるんだろうな?」
用を済ませた後にコンビニで鉢合わせ、それぞれの自宅への道のりがほとんど同じ友人と共に歩いていた時、ふとその彼が零した。
「うーん…。そう言われると気になってきた」
僕は先程コンビニで購入した棒付きアイスの角をかじりつつ、友人の疑問に応えられるような仮説を頭の中で構築しようと歩きながら考え込む。
「ちょっ…急に黙るなよ。まるで俺が、とんでもなく阿呆な質問したみたいになるじゃん」
「……。え、なんて?」
「一度考え込むと周りの声が聞こえなくなるとこ、いい加減矯正した方がいいぞ」
「仕方ないじゃんか。六つ子の魂百までってやつだよ」
「うん、六つ子じゃなくて三つ子な」
どっかのアニメじゃあるまいし、と友人は喉奥でククッと笑う。
その言葉に、アニメは完全に守備範囲外の僕は首を傾げたが、まあいいかと風鈴の話題を繋げることにした。
「どこかで知ったんだけどさ、例えばものを食べる時って味覚だけが働くわけじゃないんだって。まず視認して、匂いで美味しそうだなあって感じて、口の中で味を噛み締める。そういうものらしいよ」
「ふーん…?」
「だからさっきの風鈴の話も、もしかしたら耳からの情報だけで涼を感じるってことはないんじゃないかな?
風鈴が鳴るってことは風が吹いてるわけでしょ?その肌感覚と聴覚が結びついて、次また風鈴の音を聞いた時に、体の方が風鈴が鳴るイコール涼しいって勘違いしてるんじゃないかなって僕は思う」
「なるほどなー…。そして意外とまともな応えが返ってきてどうリアクションすべきなのか、すごく迷ってるよ俺は」
「じゃあなんて言えば良かったんだよ」
僕が軽く笑いながら言うと、友人もまたつられるように笑った。
うん、やっぱり彼とこうして何気ない話をするのが一番楽しいな。
「あ、じゃあ俺こっちだから」
「え?でもそっちは…」
さっきのコンビニ方面に戻る道じゃない?と言いかけたところで、僕はそういうことかと言葉を飲み込む。
「分かった。じゃあ、またね」
「おう。甘いの好きだからって、アイス食い過ぎてトイレとお友達になるなよー?」
「余計なお世話だよ」
そう笑って彼のいた方を見やると、もうそこに僕の友人はいなかった。
そうだよね。もうキミの還るべき場所は、キミの生まれ育ったあの家じゃないんだ。もうお隣さんじゃないんだ。今更そんなことを実感して、何だか少し寂しくなった。
「お盆ギリギリに還ってきて、他に話すことなかったのかよ…。まあ、らしいっちゃらしいけどさ」
その場で一人そう呟き、僕はコンビニ先の墓地にある彼の名が彫られている墓石に向かって、もう一度手を合わせた。
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