【短編小説】癖
黙り込んで上体を左右にゆっくり揺らす。それが、僕が思考を巡らせている時の、学生時代から自覚しだした癖なんだ。
もしかしたら自覚する前から、ずっとある癖なのかもしれないね。何せ、友人から指摘されて初めて気付いたんだもの。
キミは余裕がなくなってくると、爪を噛む癖があるよね。あはは、そりゃあ知ってるよ。ここんとこ、僕はキミしか見てなかったのだからね。
でもさあ…、僕個人としてはやっぱり惜しいと思ってるんだ。
キミの命を奪うのは。
この村に潜入して、作品制作の為に常駐しているキミとの距離を縮めて、最期の時までキミや村人を欺いてキミを仕留める。それが今回の僕の仕事。
だったんだけれど…。
まさか準備段階でキミにバレるとはね。推理小説の作家というものを甘く見ていたよ。
この段階で、僕の仕事は半分失敗というわけだ。うーん、どうしよっかなあ…。
ああ、いけないいけない。また癖が出ちゃったよ。こんなことしてる余裕はない場面だっていうのに。
あとさ、キミの目線…さっきから僕の方と斜め上の天井を行ったりきたりしているけれど、ここから逃げる算段でも立てているの?
そうだよね。僕越しに出入口のドアを見てたんでしょう?それと天井のその方向に目線を泳がすのは、何かを思い出そうとしているサインだったっけ?キミの小説にも書いてあったよ。不測の事態が起きた時に、逃げ道でも確保してあるとか?
僕、仕事相手のことは徹底的に知ってからコミュニケーションを取るようにしてるんだ。取引だろうと標的だろうとね。だから勿論、キミの作品もちゃあんと読んでるよ。
そうしたらキミの小説のファンになっちゃってさ、今出ているシリーズものの続きが気になってしょうがないんだよ。
だからこそ、キミの命を奪うのは惜しいなあってね。
なんちゃって。
あは、僕が本気でキミを見逃すと思ったの?
私情は私情、仕事は仕事だよ。キャラクターの心情を描くのは得意だったのに、実際のキミはこんなにも鈍かったなんてねえ。
思考を巡らせている時の僕の癖を、せっかく教えてあげたのに…。キミが自身の命を取りこぼしたのは、その情報を活かせなかったせいだからね。
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