【短編小説】嫌悪
「おめでとう!!」
誰もいなかったはずの実家のドアを開けるなり、そう言われクラッカーを鳴らされた。
「ささ、早く入って!」
以前に合鍵を渡しておいた幼馴染に促されるままリビングへと足を踏み入れると、そこは手作り感満載の、ちょっとしたパーティ会場になっていた。
ところで、おめでとうって…何が?
そう周りに訊くと、友人である彼らはにんまりと笑ってみせた。
「やっぱり忘れてたんだねー」
「ま、お前はそういうの気にしなさそうだもんな!」
「ケーキもみんなでデコったんだよ」
だから…今日って何かあったの?
再び疑問を口にすると、そこにいる自分以外の人間が口を揃えた。
「誕生日おめでとう!!」
ああ、そっか。みんな誕生日パーティを開いてくれたのか。
そう言うと、彼らは笑顔でうんうん!と頷く。けれど自分はあまり素直に喜べなかった。何故って…。
誕生日…先月なんだけど…。
言いにくい事実を口にすると、途端にその場が静まり返った。
気まずい沈黙が一瞬流れたと思ったら、今度は大爆笑が沸き起こった。
「えぇ!そうだったの?!」
「そうならそうと言ってくれよなー!」
「でもこれはこれで、記念にならない?それに今日この日が教訓になって、次は忘れないと思うし」
そうだ。彼らはずっと自分と一緒にいてくれたんだ。きっと、これからも変わらない。
そこで自分は、生まれて初めて涙を流しながら笑った。
外でやかましいくらいに鳴る鐘の音に叩き起された。
まだ重い瞼を開けてカレンダーを見やった。既に10年経っているというのに、未練たらしくあの日のことを夢に見る。
そんな過去に縛られた女々しい自分が嫌いだ。
と、この部屋のドアがノックされて女の人が入ってきた。
「×××さん、おはようございます。調子は如何ですか?」
夢と現実のギャップに未だ苦しめられていて、調子いいわけないだろう。
そんな風に思ったが彼女に当たり散らしても仕方がないので、じっと押し黙る。
「お食事、ここに置いておきますね」
事務的な口調でそう言って、彼女は質素な食事が乗ったトレーを自分の目の前に置き、部屋を出て行った。
あのパーティの日以来、自分にとって食事はただ栄養を摂取する為の手段でしかなくなった。
遅めに誕生日を祝われたあの後、みんなが帰りに乗ったバスが事故に巻き込まれた。乗客は全員即死だった。
それ以来、自分は第三者と一言も口を聞いていない。会話をして誰かと仲を深め、また喪うのが恐ろしくなった。
家族はそんな自分を見兼ねて、この病棟という名の一室に閉じ込めた。
味を全く感じることのないであろうおかずを口に運んだ。やっぱり全然美味しくない。
だからと言って残すと体調不良を疑われたり色々面倒くさいので、今回も残さず食べる。
今日も世界は素知らぬ顔で営みを繰り返す。
この世界のそんなところも、生ける屍みたいになった自分も、大嫌いだ。
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