【短編小説】対話
「ヤギさんヤギさん、あなたはどうしてヤギさんなの?」
私のこの頭のことを仰っているのですか?ふふ、これはただの被り物…レプリカですよ。
「れぷ…?」
偽物、という意味です。私のこれは創られたものであり、お嬢さんの想像の産物なのです。
「そうなんだ!ヤギさんは何でも知ってるのね!!」
私は総てを知っている訳ではありません。例えばお嬢さんが今、何を考え何を望み何を視ているのか、それは私の知るところではないのです。
「ふぅん…?
よく分からないわ」
貴女はそれで良い。そのままで良い。無知は隙を生むと云う人もいましょうが、余計な物事を知らず染まっていないからこその儚さや美しさもあるものです。
それに、貴女には解っていることもあるでしょう?
「…。やっぱりヤギさんはすごいわね。カクシゴトすら通じないだなんて」
私とこうして対話出来ているのが何よりの証拠です。
普通の人間は、私の存在すら認知出来ない。それを貴女は当たり前のように、この姿さえも受け入れた。
「ヤギさんはヤギさんだもの。誰がなんと言おうと、あなたは私が出会ってきた誰よりも優しかったわ
最期にあなたとお話出来て良かった」
やれやれ、困りましたね。そんな表情をされては喰えるものも喰えないではありませんか…。
お嬢さん、目を明けてください。
降参です、貴女の魂は順当に死神の元に行き渡るよう仕向けました。
これで貴女は私の餌になることなく、逝くべき場所へ逝き、転生の巡りの輪に入れます。
それでは私はこの辺で失礼致します。死神や天使にはまだ捕まりたくないのでね。もう会うことも無いでしょう。
嗚呼、そうそう。
貴女との対話、悪くはなかったですよ。
優しいと云う言葉、私に向けられる温かさすら感じられる視線。あの人の子のそれらの言動は、これから私を縛る鎖になるのだろうか。
悪魔であれば熱をもつこと等有り得ない自らの手に、ほんのり温もりが宿っているのは気の所為だと思うことにした。
しばらく人間の魂を喰らうのは控えてやるか。
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