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【短編小説】会釈

少し前、隣町で通り魔による連続殺傷事件が起きた。生き残った被害者は、口を揃えて犯人はフルフェイスで顔は目撃出来ていなかったと証言していたので、そのまま事件の捜査は難航していたらしい。

そんな事件が起こって久しいある日、僕は隣町まで出掛けることになった。
僕の住んでいる町はそこまで栄えておらず、大きなショッピングモールなんかもなかったので、足りない日用品などはその町まで買いに出なければならなかったのだ。

辺りを警戒しつつ、それでも白昼に犯人らしき人物には出会うこともなく、用事も済ませてさて帰ろうと僕が駅前まで着いた時だった。1人のおばあさんとすれ違った。
おばあさんは穏やかな表情をした人で、そのまま僕に向かって会釈をしてきたので、僕もおばあさんに会釈し返した。

おばあさんと少し距離を置いて何気なく振り返った時、少々奇妙な光景を目にした。
彼女は、線路の外側の柵に沿うように造られた何体もあるお地蔵さん1つ1つに、時間をかけて会釈していたのだ。

奇妙…というかその時はちょっと不気味に感じた。なので足早にホームへと向かい電車に乗り込み、深呼吸して心を落ち着かせた。
後から思うと不気味に感じるのは失礼だったかも。その人はただ信心深かっただけなのかもしれないし。

余談だけれど、あのおばあさんとすれ違ってから、毎晩のように地方ニュースで流れていた通り魔の事件を一切見聞きしなくなった。何か関係があるのだろうか。

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