【短編小説】if
ちょっと訊きたいんだけどさ。
「なにー?」
もし僕に、他に気になる人が出来たらどうする?
「出来たの?」
いや。もしもだってば。
「ふぅん…?」
で、どうする?
「まず率直な感想として、有り得ないね」
そんなこと言い始めたら、この話広がらないんですが。
というか有り得ない…って、どういうこと?
「だって実際そうじゃん。今のキミは私しか見えてないでしょ?」
いっそ羨ましいくらいの自信だね。
「いやいや、そうじゃないよ」
現状はともかくとして、質問に答えてくれよ。
「うーん…どんな手を使ってでも、キミをその人には近付けさせないかなぁ」
どんな手を使ってでも?
「そう。そんで私のことしか考えられないようにする」
何だか少し恐いね。
「恐いの?」
いわゆるヤンデレっぽい思考というか…まさかあなたに、そんな一面があったとは。
「でもキミは、そんな私でも好きでしょう?」
言わせるなよ…照れるじゃん。
「あはは!ごめんごめん
そういやそろそろご飯炊けた頃かな。見てくるからちょっと待ってて」
うん、分かった。
「愛してるよー」
はいはい、僕も愛してるから。早く行きなよ。
ドアが閉まる音が重苦しく響いた。その後ドア越しに何度か鍵を掛ける音と、彼女の階段を上がる靴音が聞こえる。
ここに訪問してあの人の手料理をご馳走になった直後、急激な眠気に襲われて気付けばこの何もない殺風景な部屋にいた。
窓もなく、たった一つの出入口は何重にも鍵が掛けられていて、その鍵の束は彼女だけが持っているようだった。
あの日、僕に一目惚れしたというあの人の声掛けを無視していれば。
あの時、新築祝いをしてくれというあの人の誘いに乗らなければ。
ここに閉じ込められてからは、そんな『もしも』が脳内を支配している。考えたって意味のないことだが、この思考を止めたら狂ってしまいそうで恐かった。
ここから出る妄想を抱いていたこともあった。
ただ現実は、せめてあの人の機嫌を損ねないように思ってもいない甘い言葉を織り交ぜ、食事を持ってくるあの人との会話を繰り広げるだけ。
それに気付いた時から、助けを待ったり希望を持つのはやめている。
「お待たせ!ご飯炊けてたよー。部屋で一緒に食べよっか!!」
あの人の機嫌良さげな声と共に、階段を軽やかに下りてくる靴音が近付いてきた。
幾つもの鍵を開ける音の後に、いかにも重たそうなドアが開く。
僕は開いたドアの方に顔を向けた。あの人が何品かおかずのあるプレートと湯気を立てた米が盛られた茶碗をお盆に乗せて、狂気的なくらい無邪気な笑顔を浮かべている。
もしもここで機嫌を損ねたら、待っているのは死に違いない。その恐怖と戦い続けるのも、そろそろ限界だった。
もう楽になりたい。でも死にたくない。
そんな精神状態の中、僕は今日も彼女に作り笑顔を向けた。
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