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#10 ただ思っただけ

ただの日記のような内容になってしまった。
選択肢にもならない、ただ思っただけのことってよくあるもので。勘違いしないようにしよう。約2,000字

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僕は入社5年目の営業職。
それなりに知名度のある大企業に勤めている。
僕自身は目を引く華やかさがあるわけでもなく、とびきり優秀なわけでもなく、すさまじい努力家でもない。
同期の中に完全に埋もれてしまうキャラクターで、自分では真面目という点だけが取り柄かなと思っている。
とはいえ、人間関係は順調で、みんなとうまく付き合えていると思う。
会社員生活、大きな不満もないが、このままでいいのかなという漠然とした不安を感じることも。
しかし最後は、きっと僕はこのまま流されるまま進んでいくのだろうという考えに帰着する。

今日は仲の良い同期2人と飲みに行った。
「まじでありえねーって、うちの会社」
ビールを煽って、いつもの愚痴が始まる。
彼はマーケティング部所属。同期の中でも優秀で社内の評判も高い奴だ。

「上場企業のくせにフレックスもリモートも形だけで、使ってる奴見たことない。先月残業時間が多くて怒られたんだけど、だったら家でやってもいいですかって聞いたらそれもダメだって。今はがむしゃらに働きたいのに、それもダメってどういうことだよ。てかそれじゃ仕事終わらねーよ」

彼は仕事にストイックで、以前から上司に注意されていたようだ。
今は働き方改革とやらで、あれこれ気をつけなければならない。
彼のようにやる気がある社員にとっては逆風らしい。
すると、彼はこれまでの強い語気から一変、少し小声になった。

「実はこの間、ヘッドハンターから連絡があってよ……。このままこの会社にいても思うように仕事できないし、転職しようか真面目に考えようと思ってんだよな」

僕は驚いた。引き抜きってことか。やっぱり優秀な奴は違うな。
もう一人の同期は、転職したら寂しいけど彼ならきっとどこでもやっていけるよ、と話していた。
「どうせならみんなで転職しようぜ」
彼は笑顔で締めたが、近いうちに転職するんだろう。
転職かあ。僕も他の会社に行ったらもっと活躍できるようになるのかな。
何の取り柄もない僕が他の会社でやっていけるわけないと思っていたが、思い切って環境を変えるのもアリかなと思った。

「僕も転職、考えてみようかな」

もう一人の同期と一緒に電車に乗る。
「同期が転職したりすると、自分はどうすればいいんだろうって焦っちゃうよね」
ものすごく分かる。僕もそう思った。

「でも私はね、今は全く転職は考えてないんだ。たしかにちょっとルールが厳しい部分はあるけど、うちは上場企業で事業も順調だし、無理に動いても条件が悪くなることがほとんどじゃないかと思ってる。転職していちから人間関係を作るのも大変だし、私は今の会社に大きな不満はないしね」

彼女は経理に配属になった。専門部署だから、転職するのにも難しくはないはずだ。

「今はここで経験を積むことに集中しようかなって。それに繁忙期以外は残業もないから、夜は自分の時間を持てるのがいいよね。ヨガを習い始めたんだけど、副業でヨガインストラクターなんかできたらいいなって思ってる」

彼女は笑顔で話す。好きなことができて今の生活を気に入っているのだろう。
「転職して失敗するの怖いしね」
僕はうなずいた。彼女はきっとこれからもこの会社で働いていくのだろう。
僕も大きな不満もないし、しばらくはこの会社にいるのがいいのかもなあと思った。

「下手に動いて失敗するより、今ここで頑張った方がいいのかもしれない」

家に帰ると、珍しく兄が帰省していた。
兄はIT企業に勤めていたが、数年で退職し、自分の会社を立ち上げていた。
「やっとうちも社員を雇えるようになったよ。今まで一人だったしフリーランスと変わらなかったからな」
起業して2年目だが、順調にいっているらしい。
兄は僕と違って小さい頃から賢くて目立つ子だった。

「俺はサラリーマンにほんと向いてなかったからなあ。よく4年もやってたなあって思う。起業は意外と楽だぞ。勤務時間も働く場所も仕事も自分で決められる。全部自分次第だ。こんなにストレスフリーだったなんて知らなかったよ。みんなも起業すればいいのにな」

優秀な兄だからこそ、うまくいっているだけだろう。僕なんかが起業なんて無理だ。

「お前なあ、そんなこと言ってるとあっという間に定年になっちゃうぞ。何のスキルもやる気もないまま中年になったところでリストラされてみろ。起業どころか転職もできなくて、そのまま無職まっしぐらだぞ。若いうちの失敗なんて屁でもない。いくらでもやり直せるんだから、お前も少しでも興味があるならやってみろ。失敗しても俺の会社で雇ってやるから安心して挑戦すればいい」

兄はこれからも会社員に戻ることはないんだろう。
起業かあ、全く考えたことがなかったなあ。それでも会社員ではなくフリーランスで気ままに働くっていうのは憧れるなあ。
今の僕がフリーランスになるとしたら何をすればいいんだろう。

「いいなあ、僕も自由に働いてみたい」

僕は寝る前に日記をつけている。
今日あったことを振り返るが、気持ちよく酔っているせいかうまく思い出せない。
同期と飲んで、兄と話して、楽しい一日だったなあ。
今日あったことを簡単に書き込み、ベッドに潜る。
おやすみなさい。

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