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#1 持たない生活

最近は私も買うより借りる派です。
サブスクリプション、レンタル、シェアリングサービスなどから考えた短編です。約2,000字。

***

同期と3年目研修を受けた帰り。地下鉄で隣に座る同期がスマホを見せてきて、
「地元の奴らがYouTube始めてさ、超くだらねーの」
たしかにつまらないドッキリ動画をいくつか見せられて、ふと気づく。
「広告出ないの?」
「俺、有料会員だからな。それでさこいつらさ…」
ふーん、と適当に流し、話に相槌を打つ。

家で昼間の会話を思い出してYouTubeの会員登録ページに飛ぶ。
無料期間があるなら、と登録すると、予想以上に快適なものだった。
毎回数秒待って広告をスキップする必要がなくなり、すぐに本編が始まる。
他のアプリを使っていても音だけ聞くこともできる。
その日から圧倒的にYouTubeを利用する時間が増えた。
こんなに便利なのに僕は今までどうして使わなかったのだろう。

今日は取引先の人に、自転車のシェアリングサービスがあることを教えてもらった。
僕は会社から二駅のところに住んでいて、半年前までは自転車通勤だった。
でも半年前に自転車を盗まれてから、買い直すのも面倒で電車通勤をしていたところだった。
教わってからすぐに、自転車シェアリングサービスに登録した。
毎日使うなら買ってしまった方が安いと思ったけど、雨の日には乗りたくない。
設置されているポートであればどこでも自転車を返却できるのが便利だった。
片道だけ乗ることもできるし、借り物だから盗まれるリスクもない。
もちろん運動量も増えて健康になった気がする。
こんなに便利なのに僕は今までどうして使わなかったのだろう。

定額制で使えるサービスのことをサブスクリプションというらしいが、今はいろんなサービスがあるらしい。
SNSで話題になっていた評判の良い家事代行サービスにもサブスクがあるらしい。
月に数千円から数万円でそれぞれの回数、家にきて家事をしてくれるらしい。
自転車のシェアリングサービス利用者だけの割引券があったので、さっそく週に1回から始めてみた。
家に帰ってご飯があるのは嬉しいし、洗濯が済んでいて片付けられた部屋は快適だった。
すぐに本会員になって頻度を増やした。
こんなに便利なのに僕は今までどうして使わなかったのだろう。

他にも便利なサブスクはないか探していたら、ポップアップが出てきた。
『友達も恋人も借りれます。定額プランあり』
僕は考えるよりも先にクリックしていた。

「ただいまー」
誰もいない部屋だが、ご飯の用意がしてあると家に帰ってきた感じがする。
リクエストしたシチューの匂いがする。
今日はレンタル友達と一緒に話題のアニメ映画を観て、ビリヤードで遊んできた。
スマホにメッセージが届いて、レンタル友達の評価を求められる。
最高点をつけて返信すると、今度は明日予約しているレンタル彼女の確認メッセージが届く。
彼女とはちょっと遠出して紅葉を観に行く予定だ。
最近、カーシェアリングサービスも契約した。
もちろん友達も彼女もサブスクにしている。
単発で借りるより安いし、予定を優先的に抑えられるから。
こんなに便利なのに僕は今までどうして使わなかったのだろう。

数か月後、僕は引っ越しをした。
毎月の家事も友達も彼女も車も込み込みのマンション一体型のサブスクサービスだ。
部屋自体は広くないが、最新の家具・家電から水光熱費はもちろん、洋服や食事まで定額制だ。
何より僕がこれまで利用してきたサービスはすべて含まれているので個別で契約する手間がなくなる。
なんて最高のサービスなんだ。

朝は指定した時間にAIスピーカーが起こしてくれる。
自動でテレビがつき、コーヒーメーカーが起動する。
クローゼットには洋服が綺麗に並んでいて、AIスピーカーがおすすめを教えてくれる。
「今日の天気は晴でしょう。ただ夕方小雨が降る恐れがあります。日中は12月にしては15度と暖かい気温です。今日のおすすめのコーディネートはこちらです」
並んでいるハンガーの一つが、一段階前に出てくる。
おすすめされた洋服一式を着て、コーヒーを飲む。
「今週末の予定です。金曜夜に彼女のミキさん、日曜昼に友達のタクヤさんとの予定が入っています。よろしいでしょうか?」
「うん、それでいいよ」
「予定を確定します」

僕はバッグを持って玄関に向かう。
「今日の夕食は20時、ピリ辛キムチ鍋でよろしいでしょうか?」
「うん、いいよ」
「メニューを確定します」
靴箱から一足の靴が出される。
「午後に小雨が降る恐れがありますので、撥水性の高いこちらの靴がおすすめです」
「ありがとう」
僕はおすすめの靴を履き、「いってきます」と声を出す。
「いってらっしゃいませ」AIスピーカーが送り出してくれる。

毎月一回の引落だけで得られるこの平和な生活。
もう元の生活をしていた頃が思い出せない。
僕は何も考える必要がなくなった。

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