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#5 彼女のダイナミック・プライシング

これも需要と供給の問題でしょうか。
一致させるのは難しい。約2,300字

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まさかこんなことになるなんて思わなかった。まさに青天の霹靂。
毎年、クリスマスから私の誕生日までの一か月間に、照準を合わせて過ごしてきた。
なのにクリスマスに振られるなんて。
こんなに大事にしているイベントであることを知っていたのに、なんたる仕打ち。
記念日を彼氏と過ごすようになってから10年近く、彼氏は代われどもこの一か月間に彼氏がいないなんてことはなかった。
この時期だけは絶対に一人でいたくないため、多少微妙な相手でも繋いできた。
それくらいこの時期にかける思いは強いのに。
あの男、わざわざクリスマスの日に別れを切り出すなんて、なんて性格が悪いの!
3年も付き合っていたのに、こんなことになるなんて。
もうあいつのことはどうでもいいわ。
それよりも問題は、一か月後の私の誕生日よ。
絶対に一人でいたくない。
その日は”彼氏”と一緒に過ごしてお祝いしてもらわないといけない日なの。
早く相手を見つけないと。

去年は有名店でフレンチのコースをいただいて、プレゼントに指輪をもらった。
今年はそれ以上に手厚くお祝いしてほしい。
さっそく誰に声をかければいいのか頭の中のデータベースをクロールする。
たしか、前の彼と付き合っていた頃にも何度かアプローチを受けたことがあったな。
まずはその中からアリな人に連絡してみよう。
LINE履歴を見ながら数人に目をつけて連絡してみる。
まあ、まずは”ひさしぶり”からかしらね。
その後、何気ない会話を続けて、カフェで一度会って、現状をチェックしておくのもいいわね。
以前はカッコよかったけど、ここ数年で一気に老け込む人や太ってしまう人が周りに増えたもの。
それに転職や起業で、大きな失敗している人は避けたいわ。

「ごめんね、今仕事忙しくて。俺、先に行くからゆっくりしてって」
久しぶりに会った彼はそう言うと、テーブルにあった伝票を引き寄せ少し慌てる様子で店を出て行った。
ハズレかと思ったが、自主的に伝票を持って行ってくれただけ、昨日会った男よりはマシか。
どうして断られるのかしら。大した予定なんてないでしょうに。
お店選びも大変だろうから、私が行きたいお店を選んでリンクを送った。ディナーコースは3万円から。
ほしいアクセサリーもいくつかピックアップしてリンクを送った。バッグは8万円から、ピアスなら5万円から。
一応まだ付き合ってはいないのだから値段は抑えてある。
ここまで指定してあげてるんだから、普通のデートよりも格段と楽なはずだろう。
今の男も以前は頼んでもいないのに人気店の予約を取ってくれてごちそうしてくれた。
昨日の男は、記念日でもないのに定期的にプレゼントをしてくれた。
どちらも彼女はいないと言っていたのに、私からの誘い以外にどんな重要な予定があるっていうのか。
せっかく私が今フリーなのに、なんてもったいないことをしているんだろう。
彼らはチャンスを逃すタイプの人間なのね。きっと出世しないわ。
スマホの通知を受けてメッセージを見ると、また別の男性から断られた。
この男は、私に彼氏がいたのを知った上で、それでもいいと迫ってきた男だった。
みんな小物になっちゃったのね、と憐れむ気持ちになった。

誕生日まであと2週間。新年早々、仕事どころではない私は、どうすればいいのか頭を悩ませていた。
過去にアプローチしてきた男の中で、お金に余裕がありそうで容姿が良い人には連絡し尽くした。
となると、次は私に気がありそうな態度を取っていた男性全員まで範囲を広げて探すしかないか。
メッセージを送り、やり取りを始める。
さすがにディナーのコースは難しそうだから、コスパの良い雰囲気の良いお店のリンクを送っておく。
ここなら1万円くらいだし、文句はないだろう。
相手の懐具合まで考えているんだから感謝してほしいものだ。
そこそこのお店だからドレスコードは厳しくないだろうから、当日はどの服を着ていこうか考える。
当日に向けて最高の状態を作っていくのが好きなのだ。
実はアスリートなんて向いているのかもしれない。

なぜだ、、やけに返信が遅いと思ったけれど、レベルを下げた彼らにまでお断りされるとは予想外。
みな予定があるとか、本当なのか?私とのディナーより大切な予定なんて存在するのか?と甚だ疑問である。
物事の価値も分からないなんて。
以前はそこそこかと思ったが、ここ数年でずいぶんと落ちぶれたものね。
彼らと関わってはいけないと判断し、そっとやり取りを終了した。

誕生日まであと1週間。
実はこの日のために少し上等なワンピースを新調した。
毎年新品の洋服を着てお祝いされる、というマイルールなのである。
このままではせっかくのワンピースも無駄になってしまう。
手当たり次第、男性の友人に声をかけよう。
お店は私が決めれば良いのだ。このワンピースを着ていけるお店なら問題ない。

あっという間に誕生日当日になってしまった。
新年会などと重なっていたせいで、1週間前に誘っても誰も予定が空いていなかった。
というか男友達なんて数人しかいなかった。
割り勘というところまでレベルを下げたのに誰も見つからないなんて。
万が一ということもあるかもしれないと思い、今日は会社に新調したワンピースを着てきた。
普段よりは少しフォーマルに見えるせいで”今日何かあるの?”と聞かれるが、あやふやに受け流す。
定時が近づき、私はどんどん焦ってくる。

ついに私は禁じ手を繰り出す。
近くの席の同僚や後輩に声をかける。
「今日飲みに行かない?最初の一杯は奢るわよ」

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