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#6 死者と話ができるアプリ

最近では動く遺影を作るサービスもあるそうです。今のところ死んだ人と話したいとは思ったことはないですが、何か心残りがある場合は話したいって思うのかもしれませんね。約2,700字

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約一週間前、父さんが倒れたと連絡があり急いで実家に帰ったが、あっけなく父は亡くなった。
最期に会えなかったのは悲しかったが、絵に描いたようにぽっくりと逝ったので、それは父さんにとっても家族にとってもむしろ良かったのかもしれない。
実家の書斎の本棚にはたくさんの専門書やノートが収められている。
その中から比較的新しく、書き込みのないものをより分けて段ボールに入れていく。
ふと手に取ったハードカバーはノートであり、中には日付や天気などが書いてあった。
どうやら父さんの日記らしい。
内容が気になったものの、達筆で書かれた日記を読みこむのは骨が折れる。しかも数年分あるようだ。
日記を戻し、書斎を出る。

母さんはリビングでぼーっとテレビを見ていた。
「ごめん母さん、本の量が多すぎて全然終わらない。しばらくは週末に帰ってくるから、少しずつ整理していくよ」
「ありがとう、助かるわ。急ぐこともないわよ」
「うん。忌引き休暇も終わるから明日には一旦東京に戻るね。母さんもこの一週間気張って疲れたでしょ。ゆっくりしなよ」
「大丈夫よ。しばらくはのんびりするわ」
通夜や葬式が一通り過ぎ去り、母さんもやっとゆっくりできるようになった。
しかしこれから父さんを亡くしたことを実感して、母さんが気落ちするんじゃないかと心配だった。

帰りの新幹線の中、スマホでニュースを見ているとある広告が目に入る。
『話したりないことはありませんか?AIで亡くなった方と話せるアプリ』
思わずクリックする。
故人の日記や写真、動画、スケジュール帳などをインプットすると、まるで本人と会話できるようなアバターが作れるらしい。
サンプル動画を見ると、今は亡きスティーブ・ジョブズがまるでテレビ越しに会話しているかのように自然に会話している。
僕は最期に父さんと話すことができなかったという心残りと、母さんを励ますサプライズになればいいなと思い、申し込みをした。
次の週末に帰省した時に、書斎にある日記をまとめてインプットしてもらおう。

その翌月、”AI父”は無事に納品され、帰省したタイミングで母さんにお披露目する。
テレビにつなげて、大画面で父さんの姿を見る。
母さんはとても驚いている。最近は塞ぎがちで心配していたのでほっとする。
”AI父”とは会話もできるので、話し掛けてみる。

「父さん、僕のこと分かる?」
『ユウイチ、私はそこまでボケちゃいない』
すごいすごいとはしゃぐ母さん。自然と二人で笑顔になる。
「ほんとにお父さんみたい。お父さん、私のことは分かる?」
『母さん、どうしたんだ、二人して』
「すごいな。こんなにリアルだとは思わなかった」
母さんと二人で感心する。
「じゃあ、父さんの名前と仕事を教えて」
『ウエダ ユウジロウ、73歳。定年まで大学教授を勤め、その後も講師として教壇に立っていた。趣味は読書だ』
画面の中で腕を組み、呟くように答える、”AI父”。
「お父さんに仕草までそっくりね」
「今日は父さんが好きだったすき焼きだよ」
『すき焼きはいいな。一番の好物だ。私は卵はいらんよ』
「そうそう、お父さんは冷めるのが嫌でいつもそのまま食べてたわ」
微笑む母さん。それを見て僕は満足する。想像以上の出来だった。

「ちょっといじわるな質問してみよう」
僕は少しふざけて、”AI父”に質問する。
「ねえ父さん、母さんに秘密にしてたことを教えて」
「やだ、もう何よその質問」
「まあまあ、何て答えるか聞いてみようよ」
『実はな、母さんには40歳で煙草はやめたって言ってたんだが、本当は60歳まで吸っていたんだ』
「えっ、父さん煙草吸ってたの?全然気づかなかった」
「お父さんたら!私はちゃんと気づいてましたよ」
僕と母さんはおかしくて懐かしくて笑い合う。

「じゃあさ、父さんが今までの人生で一番失敗したなって思ったことは?」
『ふむ。ユウイチの授業参観の日、景気づけにパチンコ屋に入ったらうっかり当たったことがあってな。
きりのいいところまで続けたら、授業参観に遅刻した。たしか最後の5分しか見られなかったな。あの時は焦った』
「なんだよパチンコしてたのかよ。仕事で遅れたって言ってたじゃん」
「ふふ。お父さん、真面目そうに見えるけどたまにそういうところあったわね」

「父さん、いい人生だった?」
『ああ。母さんとユウイチと、いい家族に恵まれて、幸せな人生だったな』
僕は心が温かくなってくる。AIでもこの言葉を聞けて嬉しいのかもしれない。
隣では母さんもうっすら涙を浮かべている。
『それに彼女とも良い関係を築けたし、悔いは何もないよ』
”AI父”の言葉が理解できずに止まってしまう。母も同じようだ。
しばらくして、”AI父”に話しかける。
「彼女?彼女って言った?」
『ああ。なんだユウイチは知らないのか。実はなあ、母さんにバレて一度は別れたんだが、その後もしばらく続いていてな。今ではいい友人だ』
父さん、いや、”AI父”のまさかの告白に唖然とする僕と母さん。

「え、父さん、浮気してたの?あの堅物な父さんが?」
『私は恋愛経験も全くなく、早いうちに母さんと結婚したんだが、逆に経験がないのが問題だったのかもしれん。30代になって元教え子に迫られてつい関係を持ってしまった』
隣で母さんが小刻みに震えている。
「お父さん、あの女と続いていたのね!別れたって、もう金輪際会わないって言ったじゃない」
母さんは知っていたのか。
しかし僕はこの話を聞いてもあの超堅物な父さんが不倫していたなんて信じられない。
『すまん、偶然再会してつい絆されてしまって。それにその教え子に子どもができてしまったんだよ』
「はあ?!」
僕と母さんの声がきれいにハモるが、そんなことどうでもいい。
子どもができたって、まさか僕の兄弟がいるのか?
ダメだ、混乱してきた。
『なに、心配はいらんよ。教え子の再婚相手の子として育てているから何も問題ない』
「問題、ないわけないだろ。どう考えたっておかしいよ、それ!」
『私と教え子しか知らないから安心しろ。何も問題ない』
「最悪だ……。そんなこと知りたくなかった」
僕は天を仰いだ。もうダメだ、何も考えられない。
母さんは、顔を真っ赤にして震えている。徐々に体が傾き、うずくまってしまった。

僕は”AI父”について問い合わせしようとするが、注意書きを読んでうなだれる。
「AIプログラムはお客様からお預かりしたデータのみを読み込み製作しております。製作したアバターの発言や振る舞いに関しては弊社では一切責任は取りかねますのでご了承ください。また、納品後の返品は不可となります。
大切な故人との思い出をごゆっくりお楽しみください。」

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