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ミャンマーのインフラ開発に関して

ミャンマーには、現在、3つの経済特区がある。1つ目が西部で中国が開発するチャウピュー(Kyaukpyu)、2つ目が日本が担当するヤンゴン近くのティワラ(Thilawa)、そして3つ目がタイが担当するダウェー(Dawei)である。

本稿の本来の主旨は、タイとの関わりとしてのダウェー開発を取り上げることであるが、ミャンマー国内の経済特区(SEZ)開発の位置づけの違いを明確にし、一見バラバラに見えるそれぞれの経緯についても、相互に関連し合っていることを明確にするため、チャウピュー、ティラワについても触れる。

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1.チャウピー(Kyaukpyu)

チャウピューは、中国雲南省の昆明(Kunming)まで全長771kmに及ぶ石油とガスのパイプラインのミャンマー陸上部の起点で、パイプライン自体は2013年5月に完成した。中国にとって、マラッカ海峡を経由せずミャンマーの天然ガスと中東等の原油を輸入可能とする戦略的な拠点である。

パイプラインのルートは以下の図の通りで、ミャンマー中部マンダレー近郊、シャン州ラーショーなどを経由して中国との国境の町ムセから昆明へと結ばれている。パイプラインは、昆明からは重慶へも接続している。

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当ガスパイプラインのルートは、第二次世界大戦で日本軍により重慶に追われた蒋介石の国民党に物資を供給するため、連合軍が険しい山中に建設し 、1945年1月に完工した「ビルマロード」に沿っており、現地では「パイプライン万里の長城」と称されている。なお、石油と天然ガスパイプラインは並行している。

写真は、ミャンマー中部のマンダレー付近の山中を通過する
「パイプライン万里長城」

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当パイプラインは、2008年6月、ミャンマー政府(当時は軍事政権)が、中国石油天然気(ペトロチャイナ)や韓国の大宇グループのコンソーシアムと締結した「天然ガスの販売・輸送に関する覚書」に基づき、2013年から30年間にわたって固定価格で中国に天然ガスを安定供給する為のものである。

ミャンマー政府は、2008年11月、当パイプラインの経営権自体も中国に付与するとともに、チャウピュー近郊のマデ島にガス集荷基地と石油タンカー専用港の建設を許可している。

輸送される天然ガスは、大宇グループのコンソーシアムがミャンマー西部海洋の鉱区で採掘したガスである。同鉱区では同時に原油も採れるが、原油輸送については、基本、中東などからの原油の輸送を想定しており、年間輸送量は1200万トン、将来は2200万トンまで増加することが想定されている。

他のダム開発案件も含め、これらの行き過ぎとも言えるミャンマーの中国依存が、ミャンマー国内における嫌中感情を刺激すると同時に米国の対中警戒感を高め、2011年3月にテイン・セイン大統領が就任するや、市場経済化に向けた対外開放政策へと梶を切り、米国による制裁解除の道筋をつける為の民主化の流れが作られ、中国に対抗できる勢力として日本に対する急激な接近機運へと繋がっていくのである。

なお、チャオピューSEZの総開発面積は約7,500haで、中国主導で開発されている。2014 年 3 月に開発誘致コンサルとして、CPG Consultants(シンガポールの政府系企業グループであるCPG Corporation傘下のコンサル会社)が選定されおり、今後の誘致展開が注目される。


2.ティワラ(Thilawa)

ヤンゴン中心街から南東23kmの近郊にあるティラワSEZの総開発面積は約2,400haで日本主導で開発が進められている。2014年5月に、先行開発エリア「Class-A」(396ha)の販売が開始され、2015年9月に開業した。周辺インフラとして変電所も、日本国際協力機構(JICA)の円借款により整備された。

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ティラワSEZ開業に至るまでの経緯を見てみよう。

2011年3月に就任したテイン・セイン大統領が進める、民主化及び国民和解に向けた様々な政治、経済改革の動きを受け、日本政府(当時、野田首相)は、2012年4月21日の両国首脳会談を機に、ティラワ・マスタープランに関する意図表明文書(Statement of Intent)に閣僚レベルで署名。その後、両国政府は、事務局レベルでの詰めを行い、2012年12月、「ティラワ経済特別区開発のための協力覚書」に署名した。

2013年4月、三菱商事、丸紅、住友商事の3社が共同で、事業性評価(F/S)及び環境影響調査(EIA)の為、各社の頭文字を取った事業組合「エム・エム・エス・ティラワ」(以下、MMST)を設立、1997年来未解決となっていたミャンマー政府による住民移転問題への対応等を見極めた上で、投資判断を慎重に行うことにした。

2013年5月25日、安倍首相がミャンマーを訪問し、「官民一体でのミャンマーの国づくり支援」を表明。具体的には電力網や水道、道路などのインフラ整備や人材育成を挙げた。また、ティラワSEZを視察し「日本とミャンマーの経済協力の象徴として絶対に成功させなければならない」と力説した。

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翌5月26日にはテイン・セイン大統領と会談し、以下の共同声明を発表。

・ 日本政府はミャンマーの発展を支援するため約2千億円の対日債務を解消し、インフラ整備支援などのため910億円のODAを2013年度末までに順次実施する。
・ ミャンマー政府の制度整備や人材育成を重視。日本からの技術協力の重要性を共有し、発展させていく。
・ 両国間の貿易・投資を含めた経済関係の強化のため、投資協定の早期署名に向けた作業を加速化。技術協力協定に向けて努力し、ティラワ経済特区開発などに協力する。

2014年1月、ミャンマー特別経済地域(SEZ)法改正等の投資関連法制の整備が進んだことを受け、ティラワSEZの開発事業体となるMJTD社(Myanmar Japan Thilawa Development Limited)へMMSTを通じて出資、JICAの海外投融資供与を含め、日本側として49%を出資している。

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2014年11月、ミャンマーの首都ネピドーで開催されたASEAN関連首脳会議で、安倍首相がテイン・セイン大統領と会談。テイン・セイン大統領より、これまでの官民を挙げてのティラワSEZの開発支援に対する感謝表明があった。安倍首相からは、総額260億円の円借款3件の供与を決定したことを受け、これらも活用して、中小企業向け金融、配電網、ティラワ港などの整備に協力したい旨述べた。

なお、2016年9月時点で契約企業78社(うち日系企業39社)である。


3.ダウェー(Dawai)

ダウェーの開発は、2008年にミャンマーとタイの両国で基本合意されたのが発端である。以下に現在に至るまでの経緯を時間順に追っていく。

1)2012年7月まで(民間企業体による推進)

2010年にタイの大手ゼネコン Italian-Thai Development Corporation Limited (以下、イタルタイ社) が75%出資し、マックス・ミャンマー社が25%出資する「ダウェイ・デベロップメント社」が25,000haの土地について60年間の事業権利と75年間の租借権を得て、開発に着手した。

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しかし、同社は独力での資金調達に行き詰まり計画は頓挫。そもそも、ダウェーSEZの総開発面積は約20,000haと広大な上、港湾や発電所などのインフラ整備だけで1兆円規模とされ、事業性がほとんど見えない中で民間企業だけによる巨額の出資を実現させることは無理筋であった。

2)2012年7月~2014年5月(インラック政権下での推進)

2012年7月のタイのインラック首相とミャンマーのテイン・セイン大統領による首脳会談で、タイ・ミャンマー政府間でダウェー開発に係るMOUを締結、民間企業による投資案件としての位置付けから、2国間の国家プロジェクトとして取り組む方針に格上げされ、タイ政府として本格的にダウェー開発に関与する体制となった。これにより、ダウェー開発は完全に仕切り直しとなり、この時点で、マックス・ミャンマー社は撤退。また、資金面の問題から、タイ・ミャンマー両国は、日本を念頭に第三国による参加を呼びかけた。

2013年3月に、ミャンマー・タイの両国政府で、ダウェー開発の特別目的事業体(SPV)設立について基本合意がなされ、イタルタイ社は土地の開発権と租借権を定めたFramework AgreementをSPVに委譲することに合意。

2013年6月、SPVの出資構成が固まり、ミャンマー国家計画・経済開発省対外経済局(FERD)とタイ・周辺諸国経済開発協力機構(NEDA)が同額出資することなった。

2013年9月27日、ダウェー開発に関し、日本政府・タイ政府・ミャンマー政府三者による初の協議が開催された。

2013年11月 ダウェーSEZ管理委員会・SPV間でFramework Agreementが締結され、イタルタイ社の開発権が消失。一方、道路、小規模港湾、小規模発電等の初期事業を入札にかける旨の合意がなされ、イタルタイ社は入札に応札する1事業者としての立場となった。両国は、日本企業体の応札など日本の関与を強く期待した。

2014年2月には初期開発事業の公募が行われたが応募者は無く、その後5月のタイのクーデターによる政権交代によってふたたび事業は停滞を余儀なくされた。

3)2014年5月~現在(タイ軍政下での推進)

2014年11月、ASEAN関連首脳会議の際、安倍首相とテイン・セイン大統領の会談がもたれ、両首脳は、ダウェー開発について、今後、日本、ミャンマー、タイの3カ国間で協議していくことで一致。

その後の2015年7月4日、東京で第7回日本・メコン地域諸国首脳会議が開催された。この際、日本、ミャンマー及びタイの間で、ダウェー開発に新たに日本が参加することについて覚書が署名された。覚書は「出資」「技術連携」「幹線道路建設」「環境・社会への配慮」など6章で構成され、出資については、ミャンマーとタイが設立したダウェー開発の特別目的事業体(SPV)に、3カ国が均等出資する形で日本が参画することとなった。

日本政府は技術協力・連携を表明、SPVを支援し、プロジェクトを提案するためJICAの専門家を派遣することを表明。技術連携では、3年以内に本格開発に必要な技術的検討、設計・開発計画を策定し、既存マスタープランを精緻化させることとなった。開発を「初期開発事業」と「本格開発事業」に区別し、各段階でSPVの機能を明確化し、SPVの権限、ガバナンスを強化することでも一致した。

幹線道路建設では、日本政府は新規幹線道路の建設のあり方を探るプレFSを早期に実施すると表明した。

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2015年8月5日、ミャンマー政府とタイ政府はダウェーSEZの開発で、2015年2月に設立されたコンソーシアムMyanDawei Industrial Estate Holdingと初期開発権契約を締結した。

コンソーシアムのメンバーは下記の通り。

・Italian-Thai Development Corporation(イタルタイ社)
・Rojana Industrial Park Public Co., Ltd.(ロジャナ工業団地社)
・LNG Plus International Company Limited(LNGプラスインターナショナル社)

ロジャナ工業団地社は、タイの工業団地の造成・分譲・運営会社で、1988年5月にVinichbutr's Group(タイ)と住金物産(現 日鉄住金物産)のJVとして設立された。現在はタイで上場し、Vinichbutr's Groupが、日鉄住金物産が21%の出資となっている。

LNG Plus Internationalは、タイのエネルギー会社で、初期計画のうちのLNG受入基地の建設を請け負う。

初期開発の総開発費は17億ドルで、敷地面積が2,700haの工業団地や発電所などが整備され、第一段階として、小規模港湾、火力発電所、タイへの2レーンの道路、LNG受入基地、居住地、電話線、労働集約産業の団地などを整備する。

2015年12月、国際協力銀行(JBIC)が「海外展開支援出資ファシリティ」の一環として、上述SPVへ出資参画した。


<参考>直近の検討状況

ダウェーSEZの活用可能性については、経済産業省が進めている「平成28年度(2016年度) 質の高いインフラシステム海外展開促進調査事業(ミャンマー南部インフラ開発調査事業)」に関連して、2016年10月19日、有識者で意見交換を行ったので、ご参考までに、概略を下記する。

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