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【タイ】コメの流通の仕組みについて

連載「【タイ】コメ担保融資制度の政治利用の経緯と今後の行方」(全5回)の第2回では、タイのコメの流通の仕組みについて触れる。


 タイのコメ担保融資制度を理解する上での前提条件となるのが、タイのコメのサプライチェーンに対する理解である。

 日本人にも「タイ米」の名で馴染みがあるように、タイはコメの一大産地であり、タイの国内需要以上に余剰生産されたコメが盛んに輸出されている。

タイの国土面積は日本の約1.4倍だが、平野が多いため農地面積は1,860万haと日本の約4倍の広さがある。そのなかでコメは最も重要な作物であり、作付面積は農地面積のおよそ半分を占めている。また、コメの作付面積は一貫して拡大し、生産量も1960年代平均の720万トンから、2000年代には同1800万トンへと飛躍的に増大した。年によって増減はあるが、大まかに言って収穫高の半分強が輸出されている。

なお、タイのGDPにおける農業分野の比率は1割程度である。また、コメの輸出価格は国際市場商品相場に大きく影響されるだけでなく、タイ自身の行動が商品相場に影響を与える大きなファクターとなっている。

輸出が増えてきた一方、タイ国内でのコメ消費は、マクロ的に見ると日本同様、「少子高齢化」と「食の多様化」に伴い減少傾向にある。

タイ国内での、流通段階での個別要素に注目すると、政府による規制、多様な流通経路(物流および商流、ヨングと呼ばれる仲介業者の存在)、商品特性(色々な品種がある、水分量で価格が決まる)、保存特性(時間の経過とともに品質劣化する、収穫後半年を過ぎると発芽率が下がる)等、注視すべきファクターが多い上、そもそも生産段階において、天候要因(含む洪水)が収穫高に大きく影響するなど、価格形成の要素は複雑多岐にわたる。


1.流通経路概観

 タイにおけるコメ(主に長粒米)の流通は、図1の通り、農家から消費者に向かうサプライチェーンが構築されてきた。ただし、これは、コメ担保融資制度を利用しない(制度を利用しても質入れした籾米を買い戻した)場合の流通経路であることを理解しておく必要がある。籾米はある意味、精米原料であると考えると理解しやすい。


2.農家~精米所

 農家が収穫した籾米は乾燥後、脱穀、精米過程に送られる。籾米は、全体の約4分の3が、籾米商、代理商/ 取次商、コメ集積精米所、農業組合および政府機関等からなる各種仲介業者を経て精米所に持ち込まれる。籾米の価格変動は決して小さくないことから、仲介業者の中には、物流機能による収入に加えて、自前の穀物倉庫を保有することで、籾米保管中の価格変動を利用した投機収益を狙う業者もいる。

 残りの4分の1は、農家から直接精米所に持ち込み販売されるものとなるが、農家自身が自家消費用に小規模な精米所に持ち込み脱穀、精米されるものも含まれる。

 ここで、タイの主食であるコメ(インディカ米と呼ばれる長粒米)に関して農家がコメの生産を通じて得る収支について解説する。

 タイでは、「ライ」と呼ばれるタイ独自の土地広さを示す単位が用いられるが、1ライ(40メートル×40メートルで1600平米)当たりの収穫高は籾米ベースで約1トン(乾燥前)である。籾米の販売価格は、コメの種類や水分量といった品質にも依存し、かつコメ相場にも影響されるものの、筆者がヒアリング調査した範囲では、1トン(乾燥前)あたり5000バーツ(1kgあたり5バーツ)が目安となる。

 この籾米を脱穀し、もみ殻や基準値以下の破砕米、不純物等を取り除いた白米として精米される量は、約3分の1から4割強である。(日本米の場合は7割り程度と言われる)

 よって、1ライから約1トンの籾米(乾燥前)を収穫すると、乾燥と混入物の除去により重量ベースで4分の3程度になり、さらに精米過程を経ると、340kg~420kg程度の白米が穫れる(雨季作の場合)。これは一家4人が、一人当たり約100kg強を消費するとした場合の約1年分の消費量に当たることになる。

 農家の規模は地域によってまちまちだが、5ライ程度の小規模農家だと、1ライ分が自家消費され、残りの4ライから年間2万バーツ程度の収穫高となり、ここから肥料、水の組み上げ費用(ポンプ代及び燃油代)、刈り取り代、次期作用の籾米費用を捻出することになる。概算すると収穫高の約3割程度の資材投入(農家自身の人件費相当を除く)が必要である。よって1収穫期あたり、3000~3500バーツ(ざっくり1万円)/ライ程度の収入が期待できることになる。また、確保できる農業用水の量にも依存するが、タイ中部では2期作が可能で、乾期作の方が雨季作より単位面積あたりの収量が1.5倍ほど多い。条件が良ければ3期作も可能なところがある。

 

3.精米所~バンコクのコメ取引所

 サプライチェーンにおいて次に位置するものが、籾米を白米に加工する役割を負う「精米所」である。精米所は、精米の役割だけでなく、購買業者、販売業者、貯蔵業者としての役割および商品を広く流通させる役割を負っている。精米所から搬出された精米の一部は、各地域において地産地消もされるが、大部分は、タイにおけるコメ取引の中心地であるバンコクのコメ取引所に搬送される。

 バンコクのコメ取引所への精米の搬送は、比較的規模の大きい精米所から輸出業者および卸売業者へ直接送られることもあるが、基本「ヨング(หยง)」と呼ばれる仲立人(専門商社)を通じて流通する。

ヨングの機能は、精米段階での専門性を活かした、物流・荷捌き機能、金融決済・保証機能である。

<物流・荷捌き機能>
精米所が輸出業者や仲介業者へ販売する場合、倉庫までの運送費用を負担する必要があり、まとまった規模でないと経済性がない。一方、ヨングを介した場合、輸出業者や仲介業者側のニーズに応じて、細かく種類、分量および品質毎に分かれた精米を、あらかじめ合意した納期に精米所から引き取る形となる。

<金融決済・保証機能>
ヨングは、精米所に対して代金支払に関する責任を負い、コメの買い手はヨングを通じて代金の支払を行う。コメ代金の支払期限は、地方毎の商習慣に従い差異が見られるが、多くの場合、引渡し後1~3ヶ月である。ヨングに対して支払われる手数料はコメの価格の0.75%が相場とされる。また、精米所の代理人として、売買されたコメの品質に対する保証も行う。


4.タイ国内卸売り~小売商

 精米所以降の、国内における精米の取引は、精米の卸売商を通じて行われる。卸売商は、精米を小口袋に分けた上で「小売商」に送達する。卸売商は、資金力と取扱量に応じて、大手の卸売商と零細の卸売商に分けられる。運転資金が豊富な大手卸売商は、精米所もしくはヨングから現金でコメを仕入れることができる一方、零細の卸売商は、資金力が充分でないことから、大手の卸売商を間にはさんで2次卸のような業態となっている。小売商については、販売形態によって、伝統的な小売商(町のコメ商店)とModern Trade(近代小売り)と呼ばれるスーパーマーケットチェーン等がある。


5.コメの輸出

 コメは、タイにとって主食となる重要な農産物であるだけでなく、外貨を稼ぐ為の重要な輸出品である。農業分野がタイのGDPに占める割合は、工業化が進んだ現在、1割強であり比率としては高くはない。

 海外への流通については、「輸出業者」が、海外市場への精米輸出を担っているが、詳細手続き等の解説については、本稿の主旨ではないので触れない。

また、コメの国際商品市場のおけるタイ米のプレゼンスの推移については、次回の「コメを巡るタイの農業補助政策の政治利用の功罪」の中で触れる。


(第3回につづく)

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