いつの日か、また ー福留孝介引退セレモニー
先週末、ひさしぶりにまぶたが腫れるほど泣いた。
同じ味わいの涙をこぼした同志は、きっと大勢いるだろう。なにしろその日は、今季球界最年長のプロ野球選手・福留孝介の最後の日だったからだ。チケットを取りそこねたわたしは、試合開始の前に家事を済ませて、テレビでその試合を見ていた。
福留は、6点ビハインドの9回表から守備についた。かつてファインプレーを連発し、5度のゴールデングラブ賞に輝いた、ライトの定位置。
そして、9回裏にはバッターボックスへ。高めに外れた1球目を見送ると、2球目のストレートを少し泳ぎながらバットに当てた。高く上がった打球は、セカンドフライ。一塁まで走り、戻っていく彼に、惜しみない拍手が送られる。ダグアウトの前で立浪監督が彼を抱きしめた瞬間、福留の表情がゆがむ。引退会見では涙ひとつ見せず笑顔で語っていた彼の目が、潤んでいる。こらえきれず、わたしは泣いた。
小学生の頃に串間キャンプで見た立浪和義に憧れ、PL学園に進学して甲子園で大活躍。中日ドラゴンズへの入団を希望していたが、7球団競合のすえ指名権を獲得したのは近鉄バファローズ。結局プロへは進まず、社会人へ。それから3年後、逆指名で中日ドラゴンズへ入団。
そこからの活躍はもはや言うまでもない。強かった時代の中日ドラゴンズの一角を担い、メジャーでの活躍後、阪神タイガースで日本球界へ復帰した。2021年に再びドラゴンズへと帰ってきた彼は、年齢を感じさせない好守備とチャンスに強いバッティングを見せた。
立浪和義が今季から監督に就任し、ふたたび一緒に野球ができる・・・と思いきや、福留の成績は振るわなかった。
期待に応えたい。その熱い思いが、バットとともに空を切る。チャンスのしびれる場面で代打として起用され続けたにも関わらず、24打数1安打。今季は“代打の切り札”にはなれなかった。
こどもの頃からの憧れ、立浪和義。監督の役に立ちたいと切に願いつつ、思うようにプレーできなかった福留の歯がゆさ・悔しさは、計り知れない。
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内海哲也、福留孝介、糸井嘉男、能見篤史、嶋基宏、内川聖一、明石健志、坂口智隆、十亀剣・・・この秋も、かつてファンを熱狂させた多くのスター選手が、グラウンドを去る。
引退。
プロ野球選手にとって、それは誰もが避けては通れない人生の通過点だ。
一般人のわたしから見たら「通過点」だけれど、選手によっては通過点どころか終焉に見えているかもしれない。引退は、選手生命の終わりに他ならない。
そして、自ら引退する時期を選び、シーズン終了前に彼らのように引退セレモニーを準備してもらえる選手は、ほんのひと握りだ。
2021年のドラフト会議で指名を受けた新人選手は、育成契約も含めて12球団で129名。毎年100名以上のプロ選手が誕生しながら、今シーズン、現時点で引退セレモニーを実施してもらえた選手の数は、わたしが知っている限り、たったの4名。昨日、現役続行のため引退ではなく、異例の退団セレモニーをしてもらえたソフトバンクの松田宣浩を入れても、片手におさまってしまう。
大多数の選手は、球場につめかけたファンの前で挨拶をする機会すらなく、球団からの戦力外通告や任意退団という形でチームを去っていく。自分ではまだまだやれると思って他球団からの連絡を待ったり、トライアウトを受けたりしても、どこの球団からも翌年の契約を結んでもらえなければ職を失う、厳しい世界。
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そんなプロ野球界で、福留孝介は24年間の長きに渡り、技術を磨き、メンタルを磨きながら、現役生活を続けてきた。
試合後に行われた引退セレモニーでのスピーチで、彼は言った。
どんなときもポーカーフェイスで飄々と喋っていた彼が、涙をこらえ、ひとつひとつ言葉を選びながら感謝を告げる。
バンテリンドームの幅106mある大きなビジョンにアップで映し出されたその表情に、胸が熱くなってしまう。
彼は最後にゆっくりと球場内を一周して、手を振り、帽子をとり、にこやかに会釈しながら、ファンに別れを告げていった。
涙を拭いながら、応援ボードやユニフォームやタオルを振り続ける人・人・人・・・そのひとりひとりの思い出のなかに、“福留孝介”がきっといる。
観客席に手を振る福留孝介のまなざしは、今までわたしが見てきた勝負師のぎらついた目とは違っていた。
おだやかで、やわらかで、きらきらと濡れた瞳。
まるで、いま見ている景色をすべてその目に焼きつけようとでもしているように。
その光景を見つめていたら、涙が止めどなくあふれてくる。
「コースケ!」コールと拍手がやんだ後、テレビのスピーカーからかすかに聴こえてきたのは、よく聞き取れなかったけれど、福留が渡米する前のかつての応援歌・・・だったように思う。
チームメイトに迎えられ、もう一度ファンを振り返って、ダグアウトへ消えていった彼の後ろ姿とともに、ひとつの時代が終わった気がしてならない。
幼い頃から憧れた立浪和義のように、いつの日か、指揮官としてドラゴンズのユニフォームにもう一度袖を通してもらいたいと切に願う。
あらたな道へと踏みだす同世代の福留孝介の背中に、心からエールを。
かっ飛ばせー! 孝介!
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ここまで読んでくれたんですね! ありがとう!