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連載日本史114 戦国時代(5)

戦国時代の対外関係における二大事件は、鉄砲とキリスト教の伝来である。スペイン・ポルトガルを中心として十五世紀末に始まった大航海時代における貿易競争は、十六世紀に入って更に過熱した。一方、1517年のドイツにおけるルターのローマカトリック教会批判に端を発した宗教改革はヨーロッパ全土に波及し、危機感を抱いたカトリック教会はイエズス会を組織して自己改革に取り組むとともに、海外布教にも積極的に乗り出した。こうした国際情勢の変化を受けて、日本近海にも、宣教師を乗せた貿易船が出没するようになっていたのだ。

フランシスコ=ザビエル(Wikipediaより)

1543年、種子島に漂着したポルトガル人が、日本に鉄砲をもたらした。1549年にはフランシスコ=ザビエルが鹿児島に来航、日本での布教活動を開始する。その後、ガスパル=ヴィレラ、ルイス=フロイス、オルガンチノ、アレッサンドロ=ヴァリニャーニなど、イエズス会の宣教師が次々と来日。大名たちの保護を受けて、精力的に布教活動を行った。大村純忠は長崎に聖母教会を建設し、ヴァリニャーニの進言に従って天正遣欧使節をローマに派遣した。純忠ほどではないにせよ、大友宗麟・黒田如水(官兵衛)・高山右近・小西行長など、戦国時代から安土桃山時代にかけて、キリスト教に入信した大名は数多い。

主なキリシタン大名(「世界の歴史まっぷ」より)

キリスト教の布教は、南蛮貿易とセットであった。宣教師にその気があったかどうかはわからないが、少なくとも宣教師を乗せてきた欧州諸国の船は、布教だけでなく、東方貿易によって得られる巨額の富を期待していたはずである。キリスト教を保護した大名たちも、多くは南蛮貿易への強い関心があってのことと思われる。ポルトガルとはインドのゴアや中国南部のマカオを介した中継貿易が行われ、生糸・絹・硝石などが輸入され、銀・銅などが輸出された。スペインとはフィリピンのマニラを窓口とした取引が行われ、生糸や金が輸入され、銀や小麦が輸出された。いずれも、日本からの主要輸出品は銀であり、石見・生野などの鉱山から大量の銀が掘り出された。ポルトガルやスペインから見れば、日本は光り輝く宝島に見えたことだろう。

ポルトガル・スペインとの貿易(山川「詳説世界史図録」より)

一方、鉄砲の伝来は、築城法や戦法を大きく変えた。いちはやく鉄砲を戦法に取り入れたのは織田信長である。1575年、当時最強といわれた武田軍団の騎馬隊を鉄砲の力で破った長篠合戦は、旧来の戦闘の形を一新した。以降、戦法は鉄砲隊の存在を前提としたものとなり、築城法も鉄砲での攻防を考慮に入れるのが常識となった。近江の国友、和泉の堺、紀伊の根来・雑賀などは、鉄砲の生産地として戦国大名たちに火縄銃を供給した。

長篠合戦図屏風(Wikipediaより)

テクノロジーの進化が歴史を大きく変える。大航海時代の始まりも、羅針盤の発明による航海術の進歩あってのことだった。ヨーロッパでの宗教改革の急速な拡大や日本へのキリスト教布教にも、活版印刷技術の発達が大きく貢献している。火薬・羅針盤・活版印刷。テクノロジーの進化によってもたらされた戦争と交通とメディアの革新は、戦国期の日本にも大きな影響をもたらしたのだ。




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