見出し画像

バルカン半島史② ~暗黒時代~

前1200年頃のミケーネ文明の崩壊から前800年頃のポリス社会の成立までの400年を俗にギリシャの暗黒時代と呼ぶ。これはミケーネ小王国が相次いで倒壊したことで線文字が失われ、その間の記録がほとんど残っていないことから付けられた名称だという。実際、この時代にはギリシャ本土は荒廃し、人口は減少し、危機的な状況に陥っていたと推測される。だが、その混迷の中で、次の時代の輝かしいギリシャ文明につながる重要な胎動が芽生えてもいたのである。

第一の変化は青銅器文明から鉄器文明への移行である。東方のヒッタイトに起源を持つといわれる鉄器の使用は、ミケーネ文明の破壊者であった海の民などを通じてエーゲ海からギリシャ本土に広がった。素材とエネルギーの変革は社会の下部構造に大きな影響を与える。強くなった火力による製陶術の発展も見られた。鉄器を活用した農耕技術や生活用具や兵器などの革新は、荒廃したギリシャの地に従来以上の生産力をもたらしたのだ。

第二の変化は民族の移動と交流による新たな文字の発明である。北方から移動してきたドーリア人と先住のイオニア人が交錯し古代ギリシャ民族が形成された。彼らは海上交易で活躍したフェニキア人の文字を取り入れてギリシャ・アルファベットを発明し、それが新たな時代を象徴する文字となった。今も残るα(アルファ)やβ(ベータ)などのギリシャ・アルファベットは、やがてローマにも伝わり、A,B,C,…のローマ・アルファベットの原型となる。

第三の変化はポリス(都市国家)の形成である。暗黒時代の末期、ミケーネ時代の小王国の分立とは異なる政治形態であるポリスが、ギリシャ各地で生まれた。オリエントのような専制的な大王国ではなく、市民が直接的に国家の機構を運営する小さな共同体が次々と形成されたのである。そこで生まれたデモクラシー(民主主義)という制度が、ヨーロッパから世界中に広まっていったことを思えば、現代の世界の源流はギリシャの暗黒時代にあったと言っても過言ではない。

もちろん、混迷の時代が全て新たな時代への幕開けになるわけではない。だが、古代ギリシャに関して言えば、混迷の時代があったからこそ、次の時代の豊かな文明・文化が生まれたと言ってもいい。そこには、記録にこそ残っていないが、混迷の中でこそ新たな技術、新たな生活、新たな文化、新たな政治を模索し、次の時代に向けての準備を怠らずに続けてきた無数の人々の努力の集積があったはずだ。それは現代におけるコロナ禍の時代にも共通することではないかと思うのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?