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ユニコーン・フォレスト

ユニコーン・フォレスト。一角獣の棲まう森。

その森は、どこにもないようで、どこにでもある。異次元でありつつ同次元に存在する。

森羅万象の性起する、静謐で清浄なる時空間。すべての音の重なりである静寂と、すべての色の重なりである透明に満ちている。歓喜に満ちた静けさ。おごそかな明るさ。美と永遠、有と無の融合した空そのもの。

永遠なるユニコーンの森も、季節のめぐりと共にある。折々に趣を変える。千変万化に移りゆく。春には春の喜び、夏には夏の烈しさ、秋には秋の豊かさ、冬には冬の厳しさを経て、何度でも新しく生まれ変わる。ゼロ地点へ還ってくる。とはいえ、その円環は閉じてはいない。

ユニコーンの森にも、腐朽や衰退はある。淘汰もある。しかし何一つ失われることはない。ただ事が起き、明滅しているだけのこと。すべては聖くかがやける。いかなる澱もかがやいている。しあわせにある。
わたしたちにとっては、不適や有害にみえるものもある。渾沌もある。森はそれらすべてを享けている。多様で多彩ないのちを懐いている。内包している。森にとって、一切の区別はない。ひとつながりであり、分かたれてはいない。

目にみえぬ有機的なつながり。森は、自らの無量に息をのみつつ、自らの無量の中に息づいている。ユニコーンもまた。

森を育むのは、ユニコーンだ。ユニコーンは、自らの心のなかに、豊かな森を育む。そして、その森に憩い、棲まう。

ユニコーンは、森の奥のせせらぎのはじめの、ひとしずくの生まれる瞬間に耳を澄ます。葉の上に円く結ばれ、月あかりや星ひかりを映して小さく光る露に目を細める。
森の木々の、そよぐ葉と、しなやかな枝、気丈な幹、こまやかな根に、静かに頷く。花の歓びに喜び、果実の実りを讃える。あたたかな土、ひとつぶの種に、つつしんで俯く。
ユニコーンは、森をとき明かすではなく、森に気づきつづける。そうして森に寄りそい、森を育てている。

ユニコーンの育む森と森とは重なり合い、より豊かな拡がりと深みを湛える。共鳴し、反響し合い、変化し、遍華する。至上の美を奏でる。重奏の音色は精妙に調和する。

彼らユニコーンは群れない。一人ひとり個を生きている。本質に由来する在り方のみを顕す。

わたしたちがユニコーンを目にするとき、彼らはいつでもひとり静かに佇んでいる。そして、いつの間にか、もう見えない。ユニコーンは、ユニコーンでありつつ、森そのものであるから。

ユニコーンは、発光している。ひんやりとやさしい白い微光を全身から放っている。しかし、まばたきの間に、もう消えている。そう、彼らはまるで樹木の風紋のよう。
ユニコーンは、その都度に顕れては去りゆく。あまりにさり気ないため、幻かと見紛う。そのとき確かさを与えてくれるのは、己の心のうちに響もす残響か余韻のようなもの。

心をしずめて目を瞑ると、不意に茫とした光がみえてくる。わたしたちは、その白い微光が、己の心のうちにも宿っていることを識る。
仄かな白光は、懐かしい未来のような、未来からの思い出のような、思い出の予感のような、切なく希求するような、ほっと安堵するような、万感の思いを熾させる。

ユニコーン・フォレスト。一角獣の棲まう森。その森には、叡智が息づいている。

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