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地の底は天の頂
聖霊たちは、底へなど、降りようとはしなかった。
せっかく天の高みにいるのだ、低きところへ降りてゆく理由は、なにもなかった。
それでも、なぜか、やはり……降りてゆくのか落ちてゆくのか……降りてゆく者はいた。
聖霊たちは、降りてゆく仲間の背を見送った。
見つめていると、うっかり自分も落ちてゆくような錯覚を覚えた。
そのくらい地の世界には、重力と引力が働いているのだ。
聖霊はいま、大きく羽根を広げて飛翔する。
しかしその飛翔は、それまでの飛翔とはちがい、ひたすらに降下であり落下なのだった。
羽根は、これまでになくめいっぱい広がり、聖霊は羽根そのものと化していた。
軽やかに、あまりに軽やかであるからこそ、聖霊は、風に飛ばされ、あちこちにぶつかり、砕け、散り、そのうちに雨に打たれ、濡れそぼち、削がれ、削られ、いずれは塵と埃にまみれ、汚れ、やがては泥に紛れてしまった。
さらには踏みしだかれるのであろう。
天から見ていた天の聖霊たちは、天から嘆き、涙した。
かつては透きとおり光被していた者が、摩耗し光を失くしてゆくさまは、あまりに、あまりに、いたわしかった。
目を背けたいほどだった。
それでも、光の消える最後の最後までを見届けて、底へと沈んだ仲間を、悼むように哀れんだ。
一方、底へ降りた聖霊は、死んでなどいなかった。
眼を瞠り、驚嘆していた。
茫漠の闇としか見えていなかった地は、極々小さな、しかし無数の光に満ちていたから。
いや、それでも、それまでの軌跡……飛跡……は、七転八倒の、じつに苦しいものだった。
五里霧中、無我夢中、翻弄されるがまま、あてもなく彷徨った。
悩みに悩んでも悩みは尽きず、あまりに理不尽。
これが地上の苦しみなのかと、傷み痛んだ。
しかし、降り立った地……そこは仄暗い苔の森だった……苔の森は、音のない、吸いこまれそうなほどの静けさと、澄んだ思いに満ちていた。
森閑のなか、不可思議な光ならぬ光、闇をも含む光が、息づいて震えていた。
苔は、手を伸ばしていた、地を這うように。
また、地の底へ、根という手も。
そうして一帯に広がるのは、一見同じ緑色の苔なのに、よく見ると、どれ一つとして同じ形や色の苔はなかった。
それぞれが、微細に、繊細に、かつ強烈に、そこに在った。
そこから動かずとも動的に生き生きとしていた。
おのおのに己を生きて、たがうのに、たがうからこそ、互いに生かし合っていた。
存在するだけだったが、存在するだけで、無上であり、至上だった。
苔たちは、霧雨に濡れたものだから、よりみずみずしく、しっとりと光を集めていた。
聖霊は、ふと思った。
あぁ、これらのすべてわたしだと。
わたしの無数のかけらだと。
そして、きっと霧雨は、仲間たちの涙だと。
あぁ、このために降りてきたのだと。
あぁ、ここは底でありながら天……
いや、こここそが天の頂ではなかろうか。
「地の底は天の頂」
その瞬間、苔の精霊たちの無数の息吹が、苔の森じゅう、響した。
歓喜の歌のようだった。
もっとも昏いところに光はあった。
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