見出し画像

涙すくい

焼け野原に涙をこぼしても、ハチドリのひとしずくにもならない。
絶望のまま、目を閉じた。

「ぼくは、涙すくい」
声がしたけれど、姿は見えなかった。
だいたい、ここは真暗闇の洞窟で、わたしはうずくまっている。

脳内では、すぐさま、(涙掬い? 涙救い? 涙巣食い?)という変換と疑問がおこった。
わたしは何だって、言葉でわかろうとしてしまう。言葉であらわせないものばかりなのに。

「どれも、まちがっていないよ」
と、彼はやさしく言った。どうやら、彼には、わたしの頭のなかが、透過してみえるようだ。

「ぼくは、こぼれた涙を掬い、こぼれない涙を救い、涙を巣にして生きている。きみの涙のなかに、ぼくはいる」
「あなたは、わたしの涙のなかに棲み、わたしの涙のすべてを、すくおうとしている?」
「そう」

「夢を食べる獏みたいね。獏は、悪夢を食べてくれるそうだから」
「そうだね、でも、ちがうんだ。夢は、どこからか訪れるけれど、涙は、きみのなかにある。涙は、光を映す水なんだ。そして涙は、かなしみを抱く揺籃だ。ときには流さなくてはならないし、いつかは止まらなければならない。そのために、涙すくいはいるんだよ」
「涙のなかに?」
「そう、涙のなかに」

「涙すくいって、すてきな名前」
「うん、ぼくも気に入っている」
「でも、どうして出てきたの?」
「きみの涙と一緒に、流れ出てきてしまったんだ。奔流だったから。きみは慟哭したんだね。涙すくいのぼくが、間に合わないくらい」

あぁ、そうだった。
だから、わたしは、こんな真暗闇にいるのだ。

「大丈夫だよ、ぜんぶ掬うから。それに、きみの涙こそ、きみをまるごと受けとめたんだ。きみはもうじき、最高純度の透明の、涙のなかに目覚めるよ。そうして、必ず光もみる。一緒にみよう。さぁ、目を開けて。おそれずに」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?