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彩龍

虹色の雲をみたとき、これは龍なのだと思った。突然に思い出した。



西の宮、瓦礫の山、いくつもの、いとおしいものたちがなくなった。

部屋の窓から、車窓から、みていた。おどろくばかりなのに、心はふるえるというよりは、虚ろだった。ひとつには、色がなかったからだと思う。

瓦礫には、なぜだろう、色がないのだ。正確には、ないことはない。ただ、一様に、砂色、土色だった。際立つ個性のようなものが消えていた。かたちも消えていた。

色とかたち……ものの終わりとは、砂であり、土であるのだと思った。(ふと、もののはじまりもまた、砂であり土であったことも過った。)

瓦礫の光景は、わたしがみたものであり、龍のみてきたものだ。龍のほうが、隈なくみていた。わたしは半ば目を背けていた。背けていたから、忘れていたのかもしれない。そうして、背いていたのか。けれども、消えることはない。なかったことには、ならない。

龍は、雲のうらに隠れたとき、むしろ、己を隠さなかったのかもしれない。あざやかな彩雲だった。胸のすくような、心の湧くような、虹色の雲。

わたしは、息をのみ、思わず手を伸ばしていた。目を細めていた。深く呼吸していた。

しかし、目を落とせば、砂埃の舞う地上。もう一度、見上げたけれど、もう龍はいなかった。わたしは、覚悟して、目を凝らした。どんな色も、この目は、眼は拾うのだ、と思った。龍の眸の深色さえも。

ふたたびみたびの熾りだった。

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