火野映司のヒーロー性

水野春です。

今日のジオウでオーズ編が一旦終了しましたね。
強化アイテムとまではいかないものの、新たなライドウォッチの使用法を教示されるという意味では、
そしてソウゴとゲイツとの関係性という件においても、
動きのある、大切な回となりました。たぶんね。

私はオーズは現行当時に観ていて、何度か見返してもいて、
なんなら昨年の平ジェネで「しんどい…」となった勢のひとりなわけですが。

火野映司という人は、
冷静に見ると仮面ライダーになる人のなかでもヒーロー性の強い人だなと思います。
先述の紅音也と近くて遠い。いや、遠いか。
彼は自分を生きたけれど、火野映司は物語の大半を自分を捨てて過ごしていたから。

火野映司に限らず、仮面ライダーになる人は
戦う理由=ヒーロー性を持っているわけです。そしてそのヒーロー性は、人それぞれ形はやや違えど、常人にはありえないものであることがほとんどで。
だからこう、そんなに特殊な感じもしないなと思っていたけれど、よくよく考えると火野映司は比較的やばい方ですね。褒めてます。私は大好きですけど。みんな大好きですけど。

火野映司が、仮面ライダーの力を失うなんて!って
国会議員の火野映司が次回予告で突然姿を現わしたときに絶望的な気持ちになった人は少なくないでしょう。
火野映司という人は、仮面ライダーの力を得ることで、救われた人だから。少なくとも私はそう考えているので、どうなってしまうのか、と思っていた。結構ジオウの脚本は辛辣だし。
でも、今日の放送をみて、ああ仮面ライダーでなくても、ちゃんと答えを見つけて前に進めたんだと知り、本当に安心しました。
同時に、それが仮面ライダーたる器なんだなとも思った。
いつのまにか、仮面ライダーがあるから存在する、というように考えてしまっていたことに気づきました。
そう思ったのは、ビルド編において、戦兎がいなくなったからなのかも。
ジオウの物語で、ソウゴは王の器だなあと常々思うわけですが、
仮面ライダーの器なのかな。それはどんな形なのか、どうかな。そのあたりは今後明らかになっていくでしょう。

一方で、仮面ライダーの力を失い、アナザーライダーとなり、ライダーでありながら「仮面ライダーでありえる存在」に到達しえなかったのがゲンム・壇黎斗。
こちらが、どちらかというと、先述した戦兎に近い存在なのかもしれません。
仮面ライダーの器、「戦う理由」、そういうものは、根底はエグゼイドの世界とジオウの世界で、彼においても、それほど変わっていないでしょう。
黎斗は、バグスターウイルスがなければ、あるいは永夢のインスピレーションを受け取らなければ、エグゼイドの時空には到達しえないわけで。

物語の中で敵キャラとなる存在と、仮面ライダーとは表裏一体だと思っているんです。
それはどの作品も共通するかなと。力の使い方、それをテーマのひとつとするために。
仮面ライダーの力と同時に、敵キャラもいなくなる。敵の力があれば、仮面ライダーは存在してしまうから。
言葉遊びのようですが、敵の力がなくなれば、存在できなくなる仮面ライダーも存在するということなのでしょう。

来週からは鎧武ですね。
王だなんだと言っていたら、神が出てきた。お見事。笑


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