見出し画像

オレンジ色が目にしみる

エアコンが壊れた。
リモコンのボタンを連打してもうんともすんとも言わなくなった。
最悪だ。新年早々これって厄年か? おかしいな、あと数年先のはずなのに。
つけっぱなしだったテレビからは、けたたましい笑い声が聞こえてくる。いつのまにかはじまっていた正月特番。よく知らないアイドルやお笑いタレントたちの笑顔を速攻で消すと、ベッドにもぐりこんで電気も消した。だって寒かったから。それはもういろいろな意味で。
布団を被り、目を閉じる。そのまま眠ってしまえれば最高だ。朝になれば、少しはこの寒さもマシになっているだろうし。
なのに、脳裏に浮かんできたのは3日前の光景だ。

──「すっきりした気持ちで年越ししたいから、今言うけど。別れよう」

突然そう告げてきた私の彼氏──いや、今はもう元カレか。理由を聞くと「結婚したい女性」ができたとのこと。すごいな。私、今まで「結婚したい女性」じゃなかったんだ? そう指摘すると「お前はもともと二軍だから」って言われた。マジで一生呪われろ。
いろいろ思い返していたせいで頭が冴えてきた。しかも、爪先が冷えすぎて痛みを訴えてきた。冷え症じゃないはずなのに、なんなのだ、この仕打ちは。
結局、根負けして再びベッドから抜けだした。
こうなったら靴下を二重に履くしかない。それとカイロだ。たしかビンゴ大会の景品でもらったやつが、まだいくつか残っていたはず──
と、クローゼットを漁る手が止まった。奥の方に懐かしいものを見つけたせいだ。
大学時代に使っていたハロゲンヒーター。値段はたしか4000円前後、でも貯め込んでいた家電量販店のポイントを全部使って1000円台で購入したやつ。あの頃は重宝していたけど、この家に越してきてからは一度も使ったことがなかった。つまり二軍落ち状態だ。別れた彼氏にとっての「私」と同じ。なんだ、同士か。こんばんは。
久しぶりに引っ張り出して、電源を入れてみた。
暗くじめじめした部屋に、パッとオレンジ色が灯った。
あれ、すごいな。
二軍落ちしていたくせに、大活躍しそうな気配じゃん。
当たり前のように灯ったオレンジ色を見つめているうちに、当時の記憶がいろいろ浮かんできた。大雪の日に、震えながら家電量販店に駆け込んだこと。すぐに使いたかったから、自分で抱えるように持ち帰ってきたこと。接近しすぎて、背中に低温火傷を負ったこと。
ああ、でも今はこのオレンジだ。
オレンジ色のあかりが目にしみる。
大丈夫。
なぜか急にそう思えた。
大丈夫、今年は厄年なんかじゃない。
悪い年なんかじゃない。
ふと、指先にリモコンが触れた。壊れてしまったエアコンのそれを、私は部屋の隅に向けて放り投げた。
灰色のゴミ箱に落下するように。
オレンジの光を、ゆるくまあるく飛び越えて。

(1126文字)


いただいたサポートは書籍購入に使わせていただこうかと思います。