怪談水宮チャンネル⑧
①悲しみの鳥たち
朝、駅を降りると夥しい数のカラスの群れが街の上空を飛んでいた。
私の現場によくいるからだの大きなカラス。私はカイと呼んでいた。
いつもならそんなことは決してないのだが、カイはその朝通用門の上に出張って止まっていた。
電車の中からすでに胸苦しさと異常を感じていた私はカイに言った。
「分かった。何かあるのね?心して行くわ」
職場はとんでもない騒ぎになっていた。皆勤賞の上司が自分の現場に現れない。連絡が取れない。指示も仰げず皆右往左往。
私は黙っていた。
同じ時刻、彼女は自宅で倒れていた。同居の息子さんの勤務時間中のことで発見が遅れた。
二週間後、彼女は逝った。
②アメリカ
中学三年の頃。受験勉強をしていた大晦日の夜、FMラジオをつけていると妙に古くさいジャズの特集が流れた。
聴いたこともないその音楽が懐かしくてたまらず、勉強どころではなくなってしまった。と、ふと記憶が蘇った。
私は夜毎ナイトクラブに出入りしている独身女で、体に張りつくような銀のドレスを着て、指抜きみたいな形の同じ銀の帽子を被り、気怠く体を揺らしている。
(へんな服…見たことない…)
そのクラブで生演奏されている踊るための音楽は、いまラジオで流れているのと同じたぐいのジャズ。
昔の駅弁屋さんみたいに、煙草をたくさん入れた箱を首から提げた可愛い女の子から煙草をひと箱買うと、一人クラブを出た。なんだかもう、人生に疲れているような感じ。
その帰り、自分の運転する車で事故を起こして私は死んだ。
突如はっきり浮かんだヴィジョンだった。そうした音楽、文化、ファッションも全く知らなかった私は戸惑ったが、あの時ハンドルに突っ伏して即死したことをありありと思い出した。
③アメリカ 2
NHKのドキュメンタリー番組「シルクロード」を子どもの頃、並々ならぬ興味を持って視ていた。
とにかく、馬と騎馬民族の風体が懐かしくてならない。当時十歳ほどで、当然そんなことの知識もなければ国外に出たこともない。全く知らない世界なのに。
そんなある日ふと図書館で偶然、北米インディアン民族史の本を手にした。
ゾワっとした。
即時に体感まで蘇った記憶に襲われたのだ。
私は十三くらいの男の子で、何より馬が好きだった。
叔父がくれた素朴な羽根飾りを大事に頭につけ、いっぱしの男のつもりでいた。気の強い女の子たちは苦手だったくせに。
馬は持ち物、ではなく唯一の親友で、そいつと私は果てのない草原をどこまでも行った。私は親友に乗るのは気が引けて、一緒に走ったりすることがよくあった。健脚だったし、馬も一緒に走るのを楽しみまた喜んでくれていた。
息も続かぬほど走り切ると、一緒に草原に寝転がった。蒼穹。至福。
完全に思い出した。
④遠心力?
3歳くらいの時。
普段あまり遊んでくれることのない姉と、同じ敷地内に住んでいた彼女と同世代のいとこたちが珍しく遊んでくれて、私は有頂天だった。回転する椅子に座らされ、みんなに椅子を回されてきゃあきゃあはしゃいだ。椅子はどんどん速く回され……
ふと、私は天井にしゃがむような格好で張り付いていた。
見下ろすと白目をむいてぐったりと失神した私を皆が取り囲んで大騒ぎしていた。
天井から、「お姉ちゃんおにいちゃんたち何やってんだろう?」と不思議に眺めていたが、いつ体に戻ったかは思い出せない。
⑤挨拶は欠かさずに
トイレ清掃をしていた頃からの慣いで、どこのトイレに入っても必ずご挨拶とお礼をする。
私を教えた亡き上司も「最初から便器に手を突っ込むのになんの抵抗もない人は珍しい」と褒めて?くれたが、トイレには親しんできた人生だったし、多大な貸しがあって、お詫びと恩返しをする必要があったのもある。私は10代から約20年あまりの間、摂食障害だった。罪もないきれいな食べ物を山ほど吐いてきた。痩せたいという我欲のためだけに。トイレはなんにも言わずにそれすら許してきてくれた。汚してきたぶん、綺麗にしてあげたかった。お礼をし、汚れがあれば除いて出てくる。
一人でビルを一本任された頃。
古いそのビルのある男子トイレに清掃で入ると、ドアを開けた途端必ずすぐ勝手に流れる小便器があった。私はことにその子を可愛がった。
このフロアではあのお客さんしか使わない、と分かっている所では、そこの子がその女性をとても好いているのも分かった。確かにたおやかな女性で、こんな清掃婦にまでへだてなく優しく接してくださっていた。
彼らはちゃんと見ているし、知ってもいる。
その空間で好き放題に振る舞うか、水の世界への入り口として敬意を持っているかどうかを。日本で言われるいわゆるトイレの神さまは瀬織津姫、というのだそうだが、よく知らない。
また鏡にも挨拶する。家で鏡を曇らせたことはない。だってどこの神社でもご神体って大体鏡だもの。向こうでの世界は繋がってるかもしれないし。
⑥色、鳥、その他
電車の中で、異様な美貌の青年がいた。満員で押されて近くなった時、ふと彼の色が見えた。灰色。
え?こんなイケメンなのに?と思いつつ、次の瞬間彼がそうした浮ついたことに興味がないのも知れた。
「あ。あれ僧衣の色だ」
また、前に座ってゲームに夢中な中年男性は、色というか、火花のようなものが散りほとばしっていた。咄嗟に偶然を装って離れた。あれ、今に破裂しそう。
二人の上司ともう一人、私を可愛がってくれた最古参の女性の背後には、虹色の大きな鳥がいた。前夫が息を引き取る瞬間、上に来ていたのと同じ鳥。
色、別の何かが、そしてまれに鳥が後ろに見える人がいる。鳥の人は、ごくまれ。
鳥というのは古今東西別世界からの使者だったりするようだ。自分が死にかけた時助けてくれたのも金色のつがいの鳥だった。次は、鳥のお話。
⑦天井の鳥
心身弱り、けれど異様に冴え冴えとし始めた数年前。
いつものようにまんじりともせずベッドに仰向けになっていた。天井を眺めて。
その時、火の色の鳥の影が天井に映った。
はあ⁉️嘘でしょう⁉️
そんなものは見たこともなく、何度も目をこすってみたが、炎の鳥は消えずに燃えている。
飲みすぎていたとしてもとっくに醒めて眠れずにいたのだ。何か別のことをしてまた見上げても、いる。
ただ美しかった。恐ろしくもなく、ただうれしかった。静かに、明け方まで見上げ続けた。
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