2021年の宿題、イヤホンズとGYROAXIAのアルバムの感想を書いてみた

あと5日もすれば2021年も終わる。
「まだある」と思っていたものがもう終わることに恐怖を覚えざるを得ない。そして恐怖とともに胸に湧き上がるのがやり損ねてきたもの、つまり宿題にしていたものの記憶である。
まあ生きていれば一年の中でやり損ねていたものはそこそこあるのだが、今年最も「やり残した宿題」といえば「誕生日にもらったCD」の感想である。誕生日は3月下旬なので、九ヶ月ぐらい放置である。
届いたその日のうちに一度耳を通し、感想メモを作り、note用に簡単なプロットを制作した。にも関わらず、「書いておきたいこと」や「今書かなければいけないこと」が立て続けにやってきて、本業の方も忙しくなり、取材や資料の読み込みもあって書くタイミングが掴めず、ずるずるとここまで引き伸ばしてしまった。「後で書けばいい」は書き忘れるフラグである。いつでも掲載できるストックになるぐらいまで書いてから忘れるべきだった。来年から気をつけたい。
そんなわけで今回はその宿題の提出なのだが、今年戴いたのはイヤホンズの「Theory of evolution」とGYROAXIAの「ONE」である。どちらも「知っているけど、詳しくは知らない」「友達の話によく出てくる人」で、戴いた時は「お噂はかねがね」といった印象だったのだが、結論から言えばどちらも聞いてよかったし、面白い作品であった。

イヤホンズ「Theory of evolution」

本アルバムを聞くまでイヤホンズで知っているのは「友人が応援している」の他には「『それが声優!』のユニットだったな」ぐらいであった。
メンバー一人一人についてはまあ知っている。
高橋李依はマシュ・キリエライトだしキュアミラクルだし、長久友紀は魔進ヘリコで『オトカドール』のココで、高野麻里佳はサイレンススズカで『ミュークルドリーミー』のねねだ。
だが「その三人による声優ユニットです」と言われてもイマイチピンと来ないというか、「どんな方向性なのか」は分からなかった。まあこのアルバムを聞いても「高橋李依と高野麻里佳と長久友紀のユニット」という認識は未だに持てていないのだが、それでもこのアルバムを聞いて「イヤホンズって面白いんだな」という認識を持つことが出来たのは「イヤホンで聞く作品」として完成されているからだ。
一曲目の最初から最後の曲が終わるまで。
「どうやって楽しませるか」「どうやって音の世界へと深化させるか」を重視し、その方向性をジャンルの違う楽曲で表現している。実験的な試みは多く見られ、生活音や会話すらも「音」の一部に組み込んでいる楽曲もあるがそうした多面的なアプローチにより「イヤホンズ」という音楽にダイブさせてくる。
特に一人きりの部屋でイヤホンで聞いていると楽しいアルバムで、戴いてよかったです。過去のアルバムは「ここに至るまで」らしいので「買うかー」という気持ちになりました。

GYROAXIA「ONE」

こちらも詳しくは知らなかった。
「ガールズバンドを題材にした『バンドリ!』の外伝にボーイズバンドを題材にした作品があって、それが結構人気がある」という話を、ブシロードの動向に詳しい人から聞いてはいた。聞いてはいたのだが、音楽面については全くと言って聞いていなかった。
なので、今回プレゼントされたアルバムで「新しいコンテンツに触れる面白さ」で楽しませてもらおうと思っていたら、一曲目からもう王道を行く「ロック!」というサウンドを叩きつけて、触れた指先が大やけどをした。熱すぎるじゃん。
調べてみると、このアルバムは所謂主役ユニットではなくどちらかと言えばライバルユニットのもので、ラウドロックをベースに様々な音楽を取り入れているらしい。
なるほど。道理で面白い。
奇抜なコンセプトや卓越したテクニックを売りにするのではなく、「王道」を歩むことをコンセプトに据え、そこに様々な作曲家の個性を投入していく。それにより彼らの王道性が「揺らがないこと」「多角的なアプローチが可能なほど強固であること」が映し出される。
実際このアルバムの楽曲はあえて奇を衒うようなことをしていない。していないからこそ彼らの強さが滲み出ていて、「王道の強さ」で楽しませてくれる。

良いアルバムだった。一発目にこれを知ってたらコンテンツごとファンになってたかもしれない。そう思える楽曲ばかりであった。





プリズムの煌めきを広めるためによろしくお願いします。