超拡散宜しく【夫婦別姓論争完結編】『「夫婦別姓」議論に終止符を打つ被害実例集】

日本の家族の絆だけでなく伝統・文化(「家」と表記の墓石を撤去◇大家族の玄関に複数の表札が必要になる)もバラバラにする「夫婦別姓」法案は、
社会主義思考に基づく共産党や社民党の福島瑞穂等の政治家が執拗に推進しています。

「夫婦別姓」が必要とする実例が過去数十年間コロコロ変わり、キャリア・ウーマンとして培え認知された苗字が変わるマイナスとか、銀行通帳、免許証、パスポート等の変更も不都合であるとの要求は、悉く旧姓使用が認められるようになると、究極の妄言「手続きが面倒くさい」と連呼しています。
実際、「夫婦別姓」推進者は、日本の伝統的家族の形をバラバラにして
社会主義への一里塚と位置付けて大騒ぎしています。

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◆鈴木(夫)と山本(妻)が別姓夫婦といたします。
2人の子供の姓の組み合わせは
(1)二人とも鈴木。
(2)二人とも山本。
(3)鈴木と山本一人ずつの3通りが考えられます。
まず 山本(妻)が亡くなり葬儀となった場合、(子供が成人していると仮定)
①喪主は誰がやるのでしょうか?
鈴木姓の者がやると、山本(妻)は「離婚しているのかなあ?」と訝しく思う人もいるでしょう。山本姓の者がやると、夫の立場はどうなるか?もう一人の子供が鈴木であった場合、山本(妻)の子供ではないのか?など、家族関係が錯綜して他人にはわかりづらく通夜の席上でも悩みます。
②焼香の順番はどうなる?
葬儀の場には両家の親戚も来ています。鈴木、山本いずれの親戚も名前ごとに割り込むのでしょうか?
③葬儀の宗派はどちらの家のでやるのか?
お坊さんはその家が檀家になっている寺からお呼びします。本人が山本姓なのに、鈴木の旦那寺から呼べるでしょうか?その場合、山本家は「娘はあくまで山本だからうちの寺の作法で葬儀を出したい」となるかもしれません。これは後々の法要・供養はどの寺のテリトリーとなるのか、という問題になり複雑化必至
④供物・供花の名前はどうなる?
「〇〇家一同」「△△家兄姉一同」「□□家従妹一同」などの供物・供花は、
遺族以外の者が出すものの場合がほとんどですが、別姓だと死んだ人がこれに含まれてしまうこともありおかしなことになります。
⑤会葬お礼の挨拶状普通は妻が亡くなれば、その夫が元気ならその人の喪主〇〇との名前のあとに「〇〇家一同」とするのですが、それは書けなくなってしまいますね。死んだ人が別の名前なのですから。

◆供養・法要についてもやはりどちらの家の宗教でやるか、は大きな問題です。(例えば、私の実家は日蓮宗です。亡くなるとすぐにお寺様がかけつけて遺体を前にして枕経をあげてくれます。他の宗派ではどうなのか不明です。それから通夜・葬儀でもお経本を参列者にも渡していっしょに読経してもらうのが習慣です。) 
夫が鈴木家の宗派でやろうとしても、亡くなった人が山本姓なのですから、
旦那寺は「鈴木家の仏様はお守りしているが山本さんは檀家には入っていない」と解釈する場合、お寺との関係はぎくしゃくしかねません。
それでは、と山本家の宗派でやることになれば鈴木家の人たちは「鈴木の妻になったはずなのに、これは何だ?」と気分を害することでしょう。
そして葬儀が終われば、49日の法要、そして納骨、と続きます。納骨時にお墓の前で(その時はお墓に2つの別の名前が彫ってあるのでしょうか?)
今までと異なったお寺さんが儀式をとりしきる、のでは鈴木家のご先祖への冒涜になりかねません。
法要・供養とも同じお寺とお付き合いするのが最も自然なわけです。お寺は昔から「過去帳」をつけて家々の記録を取っているわけですから、家制度を支えている組織とも言えます。だから全国のお寺はこの「別姓案」にはもっと声を大にして反対するべきなのです。

◆他に思いついたことです。
葬儀開場の表示をどのようにするのか?
「鈴木家・山本家」では結婚式じゃあるまいし、顰蹙ですよね。また、出棺の際、近親者が位牌、写真、骨箱を持って、お見送りの方々に一礼して、霊柩車またはそれに準じた車に乗るのですがその担当の順番も、喪主が誰か、に左右されると思います。そして、お骨を保管するのも誰が?になりかねませんね。
いやあ、考えれば考えるほどおかしな事態になり、亡くなった人を穏やかに送ることが難しくなります。とても不愉快です。
◆学校では担任教師がクラスの子供の個人情報を一般にガイダンスカードと呼ばれる書類に保存しております。そこに両親または保護者の住所氏名が記載してあるのですが、その姓名が家族の中でまちまちであると、非常に把握しにくくなります。すなわち「うちのクラスの鈴木君はお母さんが山本さんで妹も山本さんだ」これが数十人の生徒にあてはまるとなると担任業務は大変です。
そして、この「6年生の鈴木君と4年生の山本さんは兄妹だ」という事実を
すべての教職員が知って記憶することができるとは思えません。学校中にこのような例が山のようにあるわけですから。このことは児童の安全対策にも大きな問題です。
震災のような危機的な災害が起きた場合「鈴木君」「山本さん」を迎えに来るのがおばあちゃんである場合、教職員が2人の名前からすぐに探し出して正しく引き合わせる、または同じ場所に連れていく、ことができるでしょうか。それからいったん片方の親の姓を名乗った子供が、親の離婚によって大きな影響を受けることも考えねばなりません。
「鈴木君」だったが「山本君」に変更させられたり、または「山本さん」が鈴木父に引き取られた場合、別れた妻の姓を維持することになります。
すると父親と再婚した女性から見れば、「元妻の姓を冠した連れ子」がいることになり、あまり愉快なことではないでしょう。
子供にとって在学中に姓が変わることは、決してうれしいことではありません。知人の息子が家を継ぐという目的で、祖父の姓に変わったときも学校では元通りの姓で通させて、と言ったそうです。
離婚によって母親の旧姓にさせられた子もクラスの中で居心地悪そうでした。先生の中にはずっと元の姓で呼んだりする人もいますから。子供は周りの目を気にします。子供は他者と変わったことは好まないのです。思春期のデリケートな心情にも配慮しなければいけないと思います。流行の思想で家庭の中までかき乱すべきではありません。母親が仕事上旧姓を用いる、それで十分だと考えます。
◆葬儀や供養のことを考えるとこの別姓案が、日本人の生死をつかさどる根幹の精神を破壊するものだ、と恐ろしくなりました。家族、先祖、子孫すべての日本人のバックボーンを文字通り骨抜きにしようというもの。こんなものが蔓延すれば自然に戸籍なんて意味ない、という方向にもっていかれてしまいますね。国会議員の国家観のなさ、レベルの低さにため息がでます。

以上【愛知の日本蜜蜂さん】より

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