見出し画像

時間を繕う女の物語

あなたは夜十一時に眠りにつきました。そして朝七時に目覚まし時計の音で目覚めました。あなたは今日も八時間たっぷり睡眠が取れたと晴れやかな気持ちになるでしょう。しかし、あなたは本当に八時間眠ったのでしょうか。寝ているのだからわかるはずがありません。あなたは時間を信じている、つまりは時計を信じているだけなのです。でも、時間も時計もそもそも人間が作り出したものです。人間が作ったものに完全なんてありません。人工物を完全だと思うのは神を冒とくしているのと一緒です。人間が作ったものなのだから、そこには必ず不具合が生じます。

時間について言えば、長くなったり短くなったりするところが不具合です。ほとんどの人たちはそれに気づいていないだけなのです。たとえ気づいたとしても、時計の電池が切れかかっているだけだろうくらいにしか思わないのでしょう。しかし、時間は伸び縮みするのです。わたしの人生はそれを知って大きく変わりました。もともと几帳面な性格もあってか、わたしには時間が歪んでいることが我慢できませんでした。別にそのままでも何の問題もありません。だって時間が歪み始めたのはたぶん大昔からで、それでも人類はそのことに気づきもしないで時代を生き続けてきたんですから。別にわたしがその歪みを直してあげなくても、人類は相変わらずこれからも生きていくことでしょう。それでもわたしは時間の歪みを直そうと思いました。何かしら世の中のためになる仕事がしたかったのかもしれません。

時間の歪みを直す作業は簡単なものではありません。町の中を歩いて長くなった時間と短くなった時間を摘み取ります。それから長く伸びた時間を切り取って、短く縮んだ時間に継いでいくのです。長い時間を切り取りすぎると、今度は短い時間になってしまいます。逆に短くなった時間に長すぎる時間をくっつけてしまうと、今度は長い時間になってしまいます。長い時間から切り取った時間に見合った短い時間を見つけなければなりません。プラスマイナスゼロになるようなペアを見つけるのです。最初は苦労しました。ひとつの時間の歪みを直すのに時間をかけてしまうと、その間にその時間が縮んでしまうのです。試行錯誤を繰り返しているうちに勘が働くようになりました。縮む時間を計算しながら長い時間を切り取り、短い時間に足していきます。もともとパズル好きだったおかげか、上達は早かったと思います。でも比べる相手もいませんから、実際に早いかというと、それはわかりませんが。

ところが、ある頃から異変が生じ始めました。初冬の銀杏の落ち葉のように町中に時間がたくさん落ち始めたのです。それもどういうわけか短い時間ばかりでした。長い時間よりも短い時間が増えてくると当然数が合わなくなります。長い時間が足りなくなるのです。そこでわたしは短い時間を寄せ集めて正しい時間の長さに繕うことにしました。しかし、短い時間を集めて作った時間はすぐに縮んでしまうのです。長めに作ったとしても時間とともに縮んでしまい、元の短い時間に戻ってしまうのですから際限がありません。こうなったら、もうわたしの手には追えません。わたしの役目は終わったということなのでしょう。それが神様の思し召しならば仕方ないではありませんか。
これも時代というものなのでしょう。


 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?