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実験動物輸送船(ショート・ショート)

風は西から東へ二メートル。雲ひとつない青空。青空といっても一色ではない。濃い青、水色、鮮やかな青、控えめな青。大きく分けて四色。グラデーションも含めれば、無限に及ぶ青がくっついている。波も穏やかな航海日和。同乗しているモルモットたちもストレスレス状態で、船の中を暴れ回っている。
「おい、あんまりうるさいと、海へ放り出すぞ」
俺のだみ声を完全に無視しやがる図々しいやつらだ。

「おーい、エサで釣って、こいつら全員、檻に入れてくれ」
唯一人の人間の同乗者で船長の妻君、チャクラマハレマに言った。
「ジャヌサカイムラ、こっちだって洗濯で忙しいの」
「こら、名前で呼ぶな。船長と呼べ」
「それなら私のことだって副船長って呼んでくれてもいいじゃない?」
「まあ、それもそうだな。毎回チャクラマハレマなんて呼んでたら、舌を噛みきりかねねえからな」

船長はマストの向きをやや右へ変え、
「副船長、洗濯が終わってからでかまわねえから、この邪魔者どもを檻にいれてくれ」
「あいよー、船長」

檻に入ってエサの取り合いをしているモルモットを見て、
「ねえ、なんでまたモルモットを乗せたわけ? 鳥や豚のほうが美味しく料理できるのに」
副船長が船長に聞いた。
「何言ってんだい。こいつらは食料じゃなくて商品なんだ。みんな元気でいてもらえねえと、先方さんから値引きしろだとかやんややんや言われるじゃねえか」
船長がキャビンから釣り竿を二本取ってきた。
「魚でも釣って食べとけばいい。なんたってまわりには海しかないんだからな」
「で、先方とやらにはいつ頃着くんだい」
船長から釣り竿二本受け取りながら、副船長が聞いた。
「まあ、あと三日もすりゃあ着くだろうよ」
「それにしても、こんなモルモット三十匹に先方さんは百万円も出すって言うんだから驚きね」
「今は実験用モルモットが不足してるらしい。あまりにも実験で殺しちゃうもんだから、とにかくモルモットが欲しくてたまらないのさ。こちとらいい儲け話なわけなんだから、つべこべ言わずに魚釣ってろ」

港がようやく見えてきた。
「まったく、こんなちっぽけな船だからモルモット三十匹がやっとだったけど。モルモットなら国へ帰れば百万匹はいる。もっと金儲けしてでかい船でも買えば、収入は十倍くらいになるのにな」
「まあ、安全に着いただけでも良かったよ」

船着き場には三人の男が待機していた。
「お疲れさまでした。ご無事で何よりです」
一番手前の男が声をかけた。
「ああ、ホントに疲れたよ。これで百万円じゃ割に合わねえな」
「そんなことは言わずに。さあ、どうぞこちらへ。接待の準備ができてますから」
「おっ、そいつは手回しがいいな。じゃあ、遠慮なくご馳走となるか」

食堂のテーブルには豪華な料理にワインがヤマほど置いてあった。
「それでは、まずはワインで乾杯しましょう」
別の男がワイングラスを持ち上げた。
船長だけでなく、副船長もイケる口のようで、ワインボトルが次から次へと空になる。
「こんなうまい料理は初めてだ」
二人は次々盛られる皿の中身も確認せず、すぐに口へと運んだ。

宴もたけなわの頃、船長と副船長はテーブルに顔を伏せていた。

三人の男たちが調理場で何やら話をしている。
「調子は上々ってところだな」
「はい、二人とも新しい毒により死んでいます」
「苦しまずに、酔って眠ったように死ぬように作られた新商品だ。売りに出せば必ず儲かる」
「それにしても、あの二人は愚か者ですね。いくらなんでもモルモット三十匹が百万円もするわけないじゃないか」
「まあな。今や実験用の人間もなかなか手に入らないから、ああいう馬鹿な奴を騙してでも集めなきゃいけない時代になったってことさ」

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